民法900条4号ただし書前段と憲法14条1項「預金返還請求及び預金返還等請求当事者参加事件」(平成15年3月31日最高裁判所第一小法廷1963)

預金返還請求及び預金返還等請求当事者参加事件
棄却  

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

民法900条4号ただし書前段は,憲法14条1項に違反しない。

(補足意見及び反対意見がある。)

【判決理由】
上告代理人宮川博史の上告理由について

【要旨】非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めた民法900条4号ただし書前段の規定が憲法14条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところである(最高裁平成3年(ク)第143号同7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁)。

憲法14条1項違反をいう論旨は,採用することができない。

その余の論旨は,違憲をいうが,その実質は事実誤認、又は単なる法令違反を主張するものであって,明らかに民訴法312条1項又は2項に規定する事由に該当しない。

よって,裁判官深澤武久同泉徳治の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

なお,裁判官島田仁郎の補足意見がある。

【補足意見】島田仁郎
裁判官島田仁郎の補足意見は,次のとおりである。

私は,多数意見に賛同するが,私の意見を補足しておきたい。

前掲大法廷決定がいうように,

民法が法律婚主義を採用した結果として,

婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じることがあっても,

それが合理的なものであると認められる限りは,やむを得ないところである。

以下,それを前提に,民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)の合憲性について考えることとする。

非嫡出子であるということは,親の一方的な都合によって決まることであって,

子、自らの意思や、努力によって変えることができないことであるから,

憲法14条1項に定める法の下の平等の精神に照らすと,

そのことによって、嫡出子に比べて不利益を受けることは、必要最小限にとどめるべきである。

前掲大法廷決定の多数意見は,

嫡出子と非嫡出子の法定相続分の区別は,

我が国の伝統,社会事情,国民感情などを総合的に考慮した上で定められたものであり,著しく不合理なものではなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと判断したが,

同決定、及びその後の判決においても,傾聴すべき補足意見や、反対意見が表明されてきたところであり,

その判断の正当性は,その後の社会事情や国民感情などの変遷を踏まえて,絶えず吟味していくことが必要であろう。

前掲大法廷決定から、いまだ7年余りしか経過していないとはいえ,

その間の少子高齢化に伴う家族形態の変化,シングルライフの増加,事実婚・非婚の増加傾向と、それに伴う国民の意識の変化には相当なものがある。

我が国の伝統は別として,

立法した当時に存した、本件規定による区別を正当化する理由となった社会事情や国民感情などは,

現時点では、もはや失われたのではないか、とすら思われる状況に至っている。

また,同多数意見は,法定相続分は、親による遺言のない場合の補充的なものであるということも合憲性の一つの根拠とするが,

遺留分を考えると、必ずしも補充的であるとばかりはいい切れない側面もあると思われるし,

また,非嫡出子が、本件規定によって受ける不利益は,

単に、相続分が少なくなるという財産上のものにとどまらず,

このような規定が存在することによって,

非嫡出子であることについて、社会から不当に差別的な目で見られ,あるいは見られるのではないかということで,肩身の狭い思いを受けることもあるという、精神的な不利益も無視できないものがある。

以上の観点から,

私は,少なくとも現時点においては,本件規定は,明らかに違憲であるとまではいえないが,

極めて違憲の疑いが濃いものであると考える。

ただ,本件規定は,

相続制度の一部分を構成するものとして,国民の生活に不断に機能しているものであるから,

これを違憲として、その適用を排除するには,その遡及効や、関連規定との整合性の問題等について十分な検討と準備が必要である。

それなしに、直ちに、違憲無効の判決をすると,大きな混乱を招いて、法的安定性が著しく 損なわれることは避けがたい(前掲大法廷決定における大西,園部,千種,河合各裁判官の補足意見及び最高裁平成11年(オ)第1453号同12年1月27日第一小法廷判決・裁判集民事196号251頁における藤井裁判官の補足意見参照。)。

私は,現在、本件規定が、明白に違憲の状態に立ち至っているものとまではいえない以 上,

それを押してまで、今、直ちに、違憲無効の判決を出すことについては,やはり躊躇 せざるを得ない。

この点において,私は,本判決の反対意見には賛同できない。

ただし,上記のように、

本件規定が、極めて違憲の疑いの濃いものであることに加えて,

大法廷決定から約半年後には,法制審議会により、非嫡出子の相続分を嫡出子のそれと同等にする旨の民法改正案が答申されていること,

今や、世界の多くの国において、法律上相続分の同等化が図られていること,

国際連合の人権委員会が、市民的及び政治的権利に関する国際規約40条に基づき、

我が国から提出された報告に対して示した最終見解においても,相続分の同等化を強く勧告していること等にかんがみ,

本件規定については,

相続分を同等にする方向での法改正が、立法府により可及的速やかになされることを強く期待するものである。

【反対意見】反対意見
裁判官深澤武久の反対意見は,次のとおりである。

私は,民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)が,非嫡出子の法定相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めていることは,憲法14条1項に違反して無効であると考えるので,多数意見に賛同できない。

1 〔憲法の法の下の平等の趣旨〕

憲法13条は、

「すべて国民は,個人として尊重される。」
と,同14条1項
「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」
と規定している。

これは,

憲法が、個人の尊厳を基本原理とし,

国民生活の全般にわたって、法の下の平等を保障しようとするもので,

事柄の性質に即応した、合理的な根拠に基づくのでなければ、差別的な取扱いを禁止したものである。

そして,このような観点から同24条2項は、

「・・・相続,・・・及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」
と規定したのである。

このことは,憲法が,

家族に関する事項についての法は,

我が国の歴史,伝統,慣習,社会的諸事情,国民感情等を考慮しながらも,

これにいたずらに追従するのではなく,

個人の尊厳を重視したものでなければならないことを求めているものと考えられる。

2 〔立法目的とその達成手段の実質的関連性〕

多数意見の引用する大法廷決定(以下「大法廷決定」という。)は,

本件規定の立法目的は、

民法の定める法律婚の尊重にあり,

そのために、非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とすることに、合理的理由があるというものと解される。

嫡出子,非嫡出子は,

本人を懐胎した母が、本人の父と法律上の婚姻をしていたかどうかによって決定され,

出生によって定まる社会的身分である。

本件規定における差別の合理性の判断は,

子が、婚姻家族に属することと,父の子として平等であるべきことの、いずれを重視することが、憲法の前記理念に適合するか、によって決定されることになる。

そして,非嫡出子であることを理由として,その相続分を嫡出子の2分の1とすることは,

非嫡出子を、社会的身分を理由として差別することに帰着し,

法律婚の尊重・保護という立法目的の枠を超えたものであって,

そこに、立法目的と手段との実質的関連性はなく,差別の合理的理由を認めることはできない。

3 平成7年大法廷決定後の家族形態、国際情勢の変化

大法廷決定においても,

本件規定が制定された当時の社会事情,国民感情等が著しく変化したことを理由に,

その合理性に疑問を呈する補足意見が付された。

右の表[編注:下記別表参照]は,配偶者の相続分が改正された昭和55年と,

大法廷決定がされた、平成7年及び平成13年の厚生労働省の統計資料を基に、これを整理したものであるが,

我が国の総人口の減少傾向がいわれる中で,

出生数の漸減,非嫡出子の増加傾向,死亡数の漸増傾向,婚姻年齢と第1子誕生時の母の高齢化,離婚件数と核家族世帯の増加等がみられ,

婚姻観,家族観等について、国民感情の形成に影響すると思われる社会事情は,大法廷決定後も大きく変動しているのである。

これに加えて,

大法廷決定後の平成8年2月に法制審議会は

「嫡出でない子の相続 分は,嫡出である子の相続分と同等とする。」
旨の、民法の一部を改正する法律案要綱を法務大臣に答申した。

また,日本政府は,

国際連合人権委員会に対し,市民的及び政治的権利に関する国際規約40条に基づき

「嫡出である子と嫡出でない子の法定相続分を同等化する法改正を検討している。」
との報告を提出したが,

同10年11月,同委員会は,これに対する最終見解において,日本政府に対し,

民法900条4号を含む、法律の改正のために、必要な措置をとることを勧告するとともに,

この点を含む報告の提出日を、同14年10月に指定した(なお,同15年2月末日現在,報告は提出されていない。)。

このように、本件規定が制定された後、及び大法廷決定後も、日本社会は大きく変容し続け,

本件規定の合理性を根拠付けていた諸要素についての社会の評価も変化しており,国際的な批判も生じているのである。

4 違憲立法審査権の行使の制約について

本件規定は,親族,相続制度の一部を構成するものであるから,これを違憲無効とするときは,混乱を招き,法的安定性を損なうおそれがあることは否定できない。

しかし,

最高裁判所の違憲判決が、社会的に大きな影響を及ぼすことは,その性質上,避け難いところであって,

違憲判決の結果,新たな対応をする必要が生じた場合には,関係機関が速やかに適切な措置をとるべきことは,

憲法が、最高裁判所に違憲立法審査権を付与した当然の帰結というべきものであり,

そのことをもって、違憲立法審査権の行使が制約されると考えるのは相当でない。

5 まとめ

これらの事情を勘案すれば,本件規定が、

法律婚の尊重・保護の目的のために、相続において非嫡出子に差別を設けていることは,

今日においては、立法目的と手段の間に実質的関連性を失い,個人の尊重と法の下の平等を定めた憲法に違反して無効である、というべきであるから,

これが有効であることを前提とした原判決は,破棄すべきものと考える。

【反対意見】泉徳治
裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。

私は,民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は,憲法14条1項に違反して無効であり,原判決は破棄すべきであると考える。

本件規定は,嫡出でない子の相続分を嫡出である子の相続分の2分の1とすることによって,嫡出でない子を差別するものである。

しかも,その差別は,自己の意思によらずに,出生によって決定された嫡出でない子という地位、ないし身分によるものであるが,

憲法14条1項は,「社会的身分」を特に掲げて,すべて国民は社会的身分等によって差別されないと規定している。

また,かかる差別は,憲法13条及び24条が掲げる個人としての尊重,個人の尊厳の理念をも後退させる性質のものである。

もとより,憲法14条1項は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,

各人に存する経済的,社会的、その他種々の事実関係上の差異を理由として、その法的取扱いに区別を設けることは,

その区別が、合理性を有する限り,同条項に違反するものではない。

本件規定は,

法律上の婚姻を尊重し保護するという立法目的に基づくものであって,

その目的には正当性が認められるが,

本件規定が採用する嫡出でない子の相続分を、嫡出である子の相続分の2分の1とするという手段が、上記立法目的の促進に寄与する程度は低いものと考えられ,

上記立法目的達成のため重要な役割を果たしているとは解することができない。

したがって,本件規定の持つ合理性は比較的弱いものというほかない。

一方,嫡出でない子が被る平等原則,個人としての尊重,個人の尊厳という憲法理念にかかわる犠牲は重大であり,本件規定に、この犠牲を正当化する程の強い合理性を見いだすことは困難である。

本件規定は,憲法14条1項に違反するといわざるを得ない。

本件が提起するような問題は,

立法作用によって解決されることが望ましいことはいうまでもない。

しかし,多数決原理の民主制の過程において,本件のような少数グループは、代表を得ることが困難な立場にあり,司法による救済が求められていると考える。