3 平成7年大法廷決定後の家族形態、国際情勢の変化
大法廷決定においても,
本件規定が制定された当時の社会事情,国民感情等が著しく変化したことを理由に,
その合理性に疑問を呈する補足意見が付された。
右の表[編注:下記別表参照]は,配偶者の相続分が改正された昭和55年と,
大法廷決定がされた、平成7年及び平成13年の厚生労働省の統計資料を基に、これを整理したものであるが,
我が国の総人口の減少傾向がいわれる中で,
出生数の漸減,非嫡出子の増加傾向,死亡数の漸増傾向,婚姻年齢と第1子誕生時の母の高齢化,離婚件数と核家族世帯の増加等がみられ,
婚姻観,家族観等について、国民感情の形成に影響すると思われる社会事情は,大法廷決定後も大きく変動しているのである。
これに加えて,
大法廷決定後の平成8年2月に法制審議会は
「嫡出でない子の相続
分は,嫡出である子の相続分と同等とする。」
旨の、民法の一部を改正する法律案要綱を法務大臣に答申した。
また,日本政府は,
国際連合人権委員会に対し,市民的及び政治的権利に関する国際規約40条に基づき
「嫡出である子と嫡出でない子の法定相続分を同等化する法改正を検討している。」
との報告を提出したが,
同10年11月,同委員会は,これに対する最終見解において,日本政府に対し,
民法900条4号を含む、法律の改正のために、必要な措置をとることを勧告するとともに,
この点を含む報告の提出日を、同14年10月に指定した(なお,同15年2月末日現在,報告は提出されていない。)。
このように、本件規定が制定された後、及び大法廷決定後も、日本社会は大きく変容し続け,
本件規定の合理性を根拠付けていた諸要素についての社会の評価も変化しており,国際的な批判も生じているのである。
4 違憲立法審査権の行使の制約について
本件規定は,親族,相続制度の一部を構成するものであるから,これを違憲無効とするときは,混乱を招き,法的安定性を損なうおそれがあることは否定できない。
しかし,
最高裁判所の違憲判決が、社会的に大きな影響を及ぼすことは,その性質上,避け難いところであって,
違憲判決の結果,新たな対応をする必要が生じた場合には,関係機関が速やかに適切な措置をとるべきことは,
憲法が、最高裁判所に違憲立法審査権を付与した当然の帰結というべきものであり,
そのことをもって、違憲立法審査権の行使が制約されると考えるのは相当でない。
5 まとめ
これらの事情を勘案すれば,本件規定が、
法律婚の尊重・保護の目的のために、相続において非嫡出子に差別を設けていることは,
今日においては、立法目的と手段の間に実質的関連性を失い,個人の尊重と法の下の平等を定めた憲法に違反して無効である、というべきであるから,
これが有効であることを前提とした原判決は,破棄すべきものと考える。
【反対意見】泉徳治
裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。
私は,民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)は,憲法14条1項に違反して無効であり,原判決は破棄すべきであると考える。
本件規定は,嫡出でない子の相続分を嫡出である子の相続分の2分の1とすることによって,嫡出でない子を差別するものである。
しかも,その差別は,自己の意思によらずに,出生によって決定された嫡出でない子という地位、ないし身分によるものであるが,
憲法14条1項は,「社会的身分」を特に掲げて,すべて国民は社会的身分等によって差別されないと規定している。
また,かかる差別は,憲法13条及び24条が掲げる個人としての尊重,個人の尊厳の理念をも後退させる性質のものである。
もとより,憲法14条1項は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,
各人に存する経済的,社会的、その他種々の事実関係上の差異を理由として、その法的取扱いに区別を設けることは,
その区別が、合理性を有する限り,同条項に違反するものではない。
本件規定は,
法律上の婚姻を尊重し保護するという立法目的に基づくものであって,
その目的には正当性が認められるが,
本件規定が採用する嫡出でない子の相続分を、嫡出である子の相続分の2分の1とするという手段が、上記立法目的の促進に寄与する程度は低いものと考えられ,
上記立法目的達成のため重要な役割を果たしているとは解することができない。
したがって,本件規定の持つ合理性は比較的弱いものというほかない。
一方,嫡出でない子が被る平等原則,個人としての尊重,個人の尊厳という憲法理念にかかわる犠牲は重大であり,本件規定に、この犠牲を正当化する程の強い合理性を見いだすことは困難である。
本件規定は,憲法14条1項に違反するといわざるを得ない。
本件が提起するような問題は,
立法作用によって解決されることが望ましいことはいうまでもない。
しかし,多数決原理の民主制の過程において,本件のような少数グループは、代表を得ることが困難な立場にあり,司法による救済が求められていると考える。