民法900条4号ただし書前段と憲法14条1項「遺産分割申立て事件の審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件 」(平成21年9月30日第二小法廷決定1193)

遺産分割申立て事件の審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
棄却

本件抗告を棄却する。

抗告費用は上告人の負担とする。

民法900条4号ただし書前段は,憲法14条1項に違反しない。

(補足意見及び反対意見がある。)

【判決理由】
抗告代理人仲宗根忠真の抗告理由について

非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めた民法900条4号ただし書前段の規定か、゙憲法14条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところであり(最高裁平成3年(ク)第143号同7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁),憲法14条1項違反をいう論旨は,採用することができない。

その余の論旨は,明らかに民訴法336条1項に規定する事由に該当しない。

よって,裁判官今井功の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文の とおり決定する。なお,裁判官竹内行夫の補足意見がある。

【補足意見】竹内行夫
裁判官竹内行夫の補足意見は,次のとおりである。
 1〔〕
(1)〔法定相続分決定の基準日について〕

法定相続分を決定するに当たっては,

相続発生時において有効に存在した法令が適用されるのであるから,

本件における民法900条4号ただし書前段の規定(以下「本件規定」という。)の憲法適合性の判断基準時は,

相続が発生した平成12年6月30日(以下「本件基準日」という。)ということになる。

したがって,多数意見は,飽くまでも、本件基準日において、本件規定が憲法14条1項に違反しないとするものであって,

本件基準日以降の社会情勢の変動等により、その後、本件規定が違憲の状態に至った可能性を否定するものではないと解される。

(2)〔本件基準日以降の家族形態と社会情勢〕

本件基準日以降も,

本件規定の憲法適合性について判断をするための考慮要素となるべき社会情勢,家族生活や親子関係の実態,我が国を取り巻く国際的環境等は,変化を続けている。

民法施行後の社会経済構造の変化に伴い,

農業を営む家族に典型的にみられるような,家族の構成員の協働によって形成された財産につき、

被相続人の死亡を契機として、家族の構成員たる相続人に対して、その潜在的な持分を分配するといった形態の相続が減少し,

相続の社会的な意味が,

被相続人が個人で形成した財産の分配といった色彩の強いものになってきているといえることに加え,

本件基準日以降に限っても,

例えば,人口動態統計によれば,

非嫡出子の出生割合は、平成12年には、出生総数の1.63%であったのが,平成18年には2.11%に増加していることは,

我が国における家族観の変化をうかがわせるものといえるし,

平成13年にフランスにおいて、姦生子(婚姻中の者がもうけた非嫡出子)の相続分を嫡出子の2分の1とする旨の規定が廃止され,

嫡出子と非嫡出子の相続分を平等とすることは世界的なすう勢となっており,

我が国に対し,国際連合の自由権規約委員会や児童の権利委員会から、嫡出子と非嫡出子の相続分を平等化するように勧告がされていることなどは,我が国を取り巻く国際的環境の変化を示すものといえよう。

(3)〔非嫡出子区別の弊害〕

そして,非嫡出子に相続権を認めることが、さほど一般的ではなかった時代においては,

非嫡出子にも、一定の法定相続分を認める本件規定は,

法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図るものとして,その正当性を肯定できたものの,

以上のような社会情勢等の変化を考慮すれば,

本件規定が、嫡出子と非嫡出子の相続分に差をもうけていることを正当化する根拠は失われつつある一方で,

本件規定は、非嫡出子が嫡出子より劣位の存在であるという印象を与え,

非嫡出子が、社会から差別的な目で見られることの重要な原因となっているという問題点が強く指摘されるに至っているのである。

そうすると,少なくとも現時点においては,本件規定は,違憲の疑いが極めて強いものであるといわざるを得ない。

 2〔違憲判決の遡及効〕
(1)〔違憲判決による遡及的無効の影響〕

ところで,本件規定は,

相続制度の一部分を構成するものとして,国民の生活に不断に機能しているものであるから,これを違憲としてその適用を排除するには,その効果や関連規定との整合性の問題等について、十分な検討が必要である(前記大法廷決定における大西勝也,園部逸夫,千種秀夫,河合伸一各裁判官の補足意見,最高裁平成11年(オ)第1453号同12年1月27日第一小法廷判決 ・裁判集民事196号251頁における藤井正雄裁判官の補足意見、及び最高裁平成14年(オ)第1963号同15年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事209号397頁における島田仁郎裁判官の補足意見参照)。

しかるに,

最高裁判所が,過去にさかのぼった特定の日を基準として,本件規定は違憲無効となったと判断した場合には,

当該基準日以降に発生した相続であって、相続人中に、嫡出子と非嫡出子が含まれる事案において,

本件規定を適用した判決(最高裁判所の判決も含む。)や、遺産分割審判,

本件規定が有効に存在することを前提として成立した遺産分割調停,遺産分割協議等の効力に疑義が生じ,新たな紛争が生起し,

更には、本件規定を前提として形成された権利義務関係が覆滅されることにもなりかねない。

かかる事態は,本件規定に従って行動した者に対して、予期せぬ不利益を与えるおそれがあり,法的安定性を害することが著しいものといわざるを得ない。

特に,本件においては、本件基準日から既に9年以上が経過しているという事情があるので,

本件規定が、違憲無効であったと判断した場合に、その効力に疑義が生じる判決等は,相当な数に上ると考えられるのである。

前記大法廷決定における5名の裁判官の反対意見は,

本件規定の有効性を前提としてなされた従前の裁判,合意の効力を維持すべきであると述べるが,

違憲判断の効力を遡及させず,従前の裁判等の効力を維持することの法的な根拠については,上記反対意見は明らかにしておらず,

学説においても、十分な議論が尽くされているとはいい難い状況にある。

また,上記反対意見に従えば,

同じ時期に相続が発生したにもかかわらず,

本件規定が適用される事案とそうでない事案が生ずることになるという問題も生じかねない。

(2)〔立法府による本件規定の改正について〕

これに対し,

立法府が、本件規定を改正するのであれば,

相続をめぐる関連規定の整備を図った上,明確な適用基準時を定め,適切な経過規定を設けることで,容易にこれらの問題や不都合を回避することができる。

そして,平成8年には 法制審議会により非嫡出子の相続分を嫡出子のそれと同等にする旨の民法改正案が答申されているのである。

これらのことを考慮すると,私は,前記1(2)のような社会情勢等の変化にかんがみ,立法府が本件規定を改正することが強く望まれていると考えるものである。

(3)〔違憲判断〕

なお,私が以上に述べたところは,立法による解決が望ましいという考えであって,

立法による解決が望ましいことを理由に、最高裁判所は違憲の判断をすることを差し控えるべきであるという趣旨でないことはいうまでもない。

【反対意見】今井功
裁判官今井功の反対意見は,次のとおりである。

わたくしは,非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする本件規定は,憲法14条1項に違反すると考えるので,これを合憲とした原決定を破棄し,本件を原審に差し戻すべきものと考える。

その理由は次のとおりである。

 1〔平成7年大法廷決定の本件決定の立法理由〕

多数意見の引用する前記大法廷決定は,本件規定は合理的理由のない差別といえず,憲法14条1項に違反しないとしている。

その理由として,同決定は,

本件規定の立法理由は,法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解されるとした上で,

このような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであるから,

非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1としたことが,立法理由との関連において著しく不合理であり,立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないとしている。

2〔立法目的とその達成手段の合理的関連性〕

憲法13条は,「すべて国民は,個人として尊重される。」と規定し,憲法24条2項は,「相続,(中略)及び家族に関するその他の事項に関しては,法律 は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」と規定している。

憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきである。

本件規定は,

相続分につき、嫡出子と非嫡出子との間に差別を設けている。

この差別は,被相続人の子が嫡出子であるか非嫡出子であるか,

換言すれば,婚姻関係から出生した子であるかそうでないかということを理由として,相続分に差を設けたものである。

その立法目的は,前記大法廷決定の述べるように,法律婚の尊重ということにある。

しかし,法律婚の尊重という立法目的が合理的であるとしても,その立法目的からみて,相続分において嫡出子と非嫡出子との間に差を設けることに合理性があるであろうか。

憲法24条2項は,相続において個人の尊厳を立法上の原則とすることを規定しているのであるが,

子の出生について責任を有するのは被相続人であって,

非嫡出子には何の責任もない。

婚姻関係から出生するかそうでな いかは,子が,自らの意思や努力によってはいかんともすることができない事柄である。

このような事柄を理由として、相続分において差別することは,個人の尊厳と相容れない。

法律婚の尊重という立法目的と、相続分の差別との間には,合理的な関連性は認められないといわざるを得ない。

/a>最高裁平成18年(行ツ)第135号同20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁は,日本国籍の取得について定めた国籍法の規定について,同じく 日本国民である父から認知された子であるにもかかわらず,準正子は国籍が取得で きるのに,非準正子は国籍が取得できないとした当時の国籍法3条1項の規定を, 合理的な理由のない差別であって憲法14条1項に違反すると判断したのである が,このことは,本件のような相続分の差別についても妥当するといわなければな らない。 3 非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定は,明治の旧民法当時に設 けられたものであり,太平洋戦争後の民法の改正においても維持されて現在に至っ ている。その当時においては,合理的なものとして是認される余地もあったことは 認めざるを得ないが,その後の社会の意識の変化,諸外国の立法の動向,国内にお ける立法の動き等にかんがみ,当初合理的であったとされた区別が,その後合理性 を欠くとされるに至る事例があることは,国籍法についての前記大法廷判決からも 明らかである。 まず,我が国における社会的,経済的環境の変化等に伴って,夫婦共同生活の在 り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており,今日 では,出生数のうち非嫡出子の占める割合が増加するなど,家族生活や親子関係の 実態も変化し,多様化してきていることを指摘しなければならない。また,ヨーロ ッパを始め多くの国においても,非嫡出子の相続分を嫡出子のそれと同等とする旨 -6- の立法がされている。我が国においても,後に述べるように,非嫡出子の相続分を 嫡出子のそれと同等とする旨の民法の改正意見があり,平成8年には,法制審議会 総会が,その旨の改正案要綱を決定し,法務大臣に答申したが,未だ改正が実現し ていないという状況にある。 4 本件規定は親族相続制度の一部分を構成するものであるから,これを変更す るに当たっては,これらの制度の全般にわたっての目配りや関連する諸規定への波 及と整合性の検討が必要であり,また,本件規定による相続関係の処理は,永年に わたって行われてきたものであるから,本件規定を変更する場合には,その効力発 生時期等についても慎重な検討が必要であり,これらのことは,本来国会における 立法によって行われるのが望ましいものというべきである。このことは,上記大法 廷決定における千種秀夫,河合伸一裁判官の補足意見で述べられ,その後の本件規 定を合憲と判断した最高裁判所の小法廷判決における補足意見においても指摘され ているとおりであり(前記平成12年1月27日第一小法廷判決における藤井正雄 裁判官の補足意見,前記平成15年3月31日第一小法廷判決における島田仁郎裁 判官の補足意見参照),わたくしもこれらの意見に共感を覚えるものである。 このように本来立法が望ましいとしても,裁判所が違憲と判断した規定につい て,その規定によって権利を侵害され,その救済を求めている者に対し救済を与え るのは裁判所の責務であって,国会における立法が望ましいことを理由として違憲 判断をしないことは相当でない。 なお,本件規定を違憲無効と判断したとしても,そのことによって本件規定を適 用した確定判決や確定審判について再審事由があるということにはならないし,本 件規定が有効に存在することを前提として成立した遺産分割の調停や遺産分割の協 -7- 議の効力が直ちに失われるものではない。遺産分割の調停や協議は,当事者の思惑 や譲歩など様々な事情を踏まえて成立するものであるから,本件規定が無効である ことによって当然に錯誤があるということにはならない。本件規定を違憲と判断す ることによって,法的安定性を害するおそれのあることは否定できないが,その程 度は補足意見が述べるほど著しいものとはいえないと考える。 5 非嫡出子の相続分が嫡出子のそれと差があることの問題性は,古くから取り 上げられ,昭和54年には,法制審議会民法部会身分法小委員会の審議を踏まえ て,「非嫡出子の相続分は嫡出子のそれと同等とする」旨の改正要綱試案が公表さ れたが,改正が見送られた。さらに平成6年に同趣旨の改正要綱試案が公表され, 平成8年2月の法制審議会総会において同趣旨の法律案要綱が決定され,法務大臣 に答申されたが,法案の国会提出は見送られて,現在に至っている。前記大法廷決 定の当時は,改正要綱試案に基づく審議が法制審議会において行われており,改正 が行われることが見込まれていた時期であった。ところが,法制審議会による上記 答申以来十数年が経過したが,法律の改正は行われないまま現在に至っているので あり,もはや立法を待つことは許されない時期に至っているというべきである。 6 以上のような理由から,わたくしは,本件規定は憲法14条1項に違反する と考えるので,これと異なる原決定を破棄して本件を原審に差し戻すべきであると 考えるものである。 (裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 今井 功 裁判官 中川了滋 裁判官 竹内行夫) -8-