罰金不納の場合の勞役場留置を規定した刑法第18條の合憲性(憲法第14條)(昭和25年6月7日大法廷判決1890)
窃盗、臨時物資需給調整法違反
棄却

本件各上告を棄却する。

一 昭和22年5月商工省令第18號は、基本法たる臨時物資需給調整法に基き、且つ、配炭公團法の規定に從い、配炭公團法に定める配炭公團の石炭等の一手買取業務に對應して、その第一條に、配炭公團への賣渡義務を規定し、また、配炭公團の一手賣渡業務に對應して、その第三條に、配炭公團以外の者は石炭等を販賣してはならない旨を規定したものであつて。その規定は臨時物資需給調整法第1條第1項第1號に基く必要な命令であり、同時に、配炭公團法第16條第3項による必要な事項の定めであることは明らかであるから、所論、商工省令第3條の規定は、正に、法律の委任の範圍内に屬する事項を定めたものである。從つて右省令の規定が法律の認めないことを定めたものであると主張する論旨はその理由がない。

二 憲法第22條にいわゆる職業選擇の自由は、無制限に認められるものではない、公共の福祉の要請がある限り、その自由は制限されるものである。石炭等が戰後産業の回復及び振興に關して重要資材であり、その割當又は配給統制が公共福祉の要請であることは論を俟たないところである。さればこそ、一方、臨時物資需給調整法に基く指定生産資材割當規則を定め、いわゆる、クーポン(割當證明書)制により、公正な分配を確保すると共に、他方、配炭公團法を制定して、配炭公團に一手買取一手販賣の業務を課したものである。そして商工省令第三條の規定は、前段説明の如く、配炭公團の一手販賣の業務に對應して公團以外の者の販賣權を制限したもので、正に、石炭等の適正配給という公共の福祉を維持するため必要な制限であるといわなければならない。從つて商工省令第3條の規定は、 いささか も、憲法第22條に違反するものではない。

三 被告人が販賣の目的で本件石炭を窃取したとしても、窃取ということは、配炭公團以外の者が石炭等を販賣してはならないという本件商工省令第三條違反の所爲について、通常用いられる手段とはいい得ないから、兩者は、法律上、手段結果の關係にあるということはできない、また原審は、本件石炭の販賣行爲を窃取行爲と認定したものではなく、販賣行爲とは別個に窃取行爲が成立したものと認定しているのであるから、右二つの行爲が、一所爲數法の關係に立つものということはできない、然らば、原判決が、判示第一事實と第二事實を併合罪として處斷したことは正常である。

四 論旨は、罰金は財産のある者は何の苦痛もなく支拂えるが、財産のない者は罰金が支拂えない結果勞役場に留置せられる、財産のある者と財産のない者との間にかくの如き差別待遇をすることは、法律が國民に對し不平等な取扱いをすることである。それゆえ、無産者に對しても有産者に對すると同額の罰金刑を科することを許し、罰金が拂えなければ勞役場に留置することを許す刑法第18條の規定は憲法第14條に違反するものであると主張する。しかし、憲法第14條の規定する平等の原則は、前段説明の如く、法的平等の原則を示しているのであるが、各人には經濟的、社會的その他種々な事實的差異が現存するのであるから、一般法規の制定又はその適用においてその事實的差異から生ずる不均等があることは兔れ難いところである。そしてこの不均等が一般社會観念上合理的な根據のある場合には平等の原則に違反するものとはいえないのである。

【判決理由】
弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。
  1. 所論昭和22年5月2日商工省令18号は、その前文において
    「臨時物資需給調整法に基き、且つ配炭公団法の規定に従い、石炭等売渡規則を次のように制定する」
    と記載し立法の根拠を明かにしている。
  1. よつて、右基本法を調べてみると、
  2. 一方、臨時物資需給調整法1条1項には
    「主務大臣は、産業の回復及び振興に関し、経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために、左に掲ける事項に関して必要な命令をなすことができる」
    と規定したその第一号に、
    「経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給」
    と定めているのである、
  3. そして、経済安定本部総裁が定める方策として、
  4. 昭和21年11月20日内閣訓令第10号指定生産資材割当手続規程を定め、
  5. 石炭、コークス等を生産資材に指定し、
  6. 指定生産資材の所管官庁は、割当証明書等を提出する場合を除いては、如何なる者も指定生産資材を譲渡し又は譲受けることができない旨の規定を定めるべきことを命じているのであつて、
  7. 昭和22年1月24日指定生産資材割当規則にその趣旨が具体化されている。
  8. 他方、昭和22年4月14日法律第56号配炭公団法が制定せられ、その第15条に、
  9. ]
  10. 配炭公団は、石炭等の一手買取及び一手売渡の業務を行うことを定め、
  11. 第16条第3項に、主務大臣は石炭等の買取又は売渡について必要な事項を定めることができる旨を規定しているのである、
  1. ところで、本件商工省令は、右基本法たる臨時物資需給調整法に基き、
  2. 且つ、配炭公団法の規定に従い、配炭公団法に定める配炭公団の石炭等の一手買取業務に対応して、その第1条に配炭公団への売渡義務を規定し、
  3. また、配炭公団の一手売渡業務に対応して、その第3条に、配炭公団以外の者は石炭等を販売してはならない旨を規定したものであつて、
  4. その規定は、臨時物資需給調整法第1条第1項第1号に基く必要な命令であり、
  5. 同時に、配炭公団法第16条第3項による必要な事項の定めであることは明かであるから、
  6. 所論商工省令第3条の規定は、正に法律の委任の範囲内に属する事項を定めたものである。
  7. 従つて、右省令の規定が法律の認めないことを定めたものであると主張する論旨はその理由がない。
  1. 次に、論旨は、
  2. 本件省令第3条の規定は、必要以上に職業選択の自由、営業の自由を制限し、または剥奪したものであるから、>憲法22条に違反するというのである、
  3. しかし、右憲法の規定に、いわゆる職業選択の自由は無制限に認められるものではない。
  4. 公共の福祉の要請がある限りその自由は制限されるのである。
  5. 石炭等が、戦後産業の回復及び振興に関して重要資材であり、その割当又は配給統制が公共福祉の要請であることは論を俟たないところである。
  6. さればこそ、一方臨時物資需給調整法に基く指定生産資材割当規則を定め、いわゆるクーポン(割当証明書)制により公正な分配を確保すると共に、
  7. 他方、配炭公団法を制定して、配炭公団に一手買取一手販売の業務を課したものである。
  8. そして、本件省令第三条の規定は、前段説明の如く、配炭公団の一手販売の業務に対応して、公団以外の者の販売権を制限したもので、正に、石炭等の適正配給という公共の福祉を維持するため必要な制限であるといわなければならない。
  9. 従つて、本件省令第三条の規定は、毫も、憲法22条に違反するものではないからこの点に関する論旨も亦理由がない。
同第二点について。
  1. しかし、原判決の挙示する証拠によつて、判示第一事実は十分に認定できるのである
  2. 所論は、原判決の採用しない原審公判廷における被告人の供述の一部を引用して、本件石炭は、所有者公団が拠棄したものであり、然らずとするも遺失物であるから、窃盗罪は成立しえないというのであるから、
  3. 結局、事実審たる原審の職権に属する事実の認定を攻撃するに帰し、上告適法の理由とならない。
同第三点について。
  1. しかし、被告人が、販売の目的で本件石炭を窃取したとしても、
  2. 窃取ということは、配炭公団以外の者が石炭等を販売してはならないという本件商工省令第三条違反の所為について、通常用いられる手段とはいい得ないから、
  3. 両者は、法律上、手段結果の関係にあるということはできない、
  4. また、原審は、本件石炭の販売行為を窃取行為と認定したものではなく、販売行為とは別個に窃取行為が成立したものと認定しているのであるから、右二つの行為が、一所為数法の関係に立つものということはできない、
  5. 然らば、原判決が、判示第一事実と第二事実を併合罪として処断したことは正当であつて論旨はその理由がない。
同第四点について。
  1. 憲法14条は、すべての国民が、人種、信条、性別、社会的身分又は門地等の差異を理由として、政治的、経済的又は社会的関係において、法律上の差別待遇を受けないことを明にして、
  2. 国民が、法の下に平等であることを規定したものである、
  1. ところで、所論、臨時物資需給調整法4条の規定は、同法1条1項の規定による命令に違反した者は、これを10年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する旨を規定しているものであり、
  2. 刑法18条は、財産刑に関する換刑処分の規定であるが、右罰則規定は、前示違反行為をした者は、何人でも所定の刑に処せられることを規定するものであり、
  3. 刑法18条は、罰金科料を完納することができない者は、何人でも労役場に留置することを定めたもので、
  4. いずれも、人種、信条、性別、社会的身分又は門地等の差異を理由として差別的待遇をしているものではないから、憲法14条の平等の原則に反するものということはできない。
  1. 論旨は、
  2. 罰金は、財産のある者は何の苦痛もなく支払えるが、財産のない者は罰金が支払えない結果、労役場に留置せられる、
  3. 財産のある者と財産のない者との間に、かくの如き差別待遇をすることは、法律が国民に対し不平等な取扱いをすることである、
  4. それゆえ、無産者に対しても、有産者に対すると同額の罰金刑を科することを許し、
  5. 罰金が払えなければ、労役場に留置することを許す前記規定は、憲法14条に違反するものであると主張する。
  1. しかし、憲法14条の規定する平等の原則は、前段説明の如く、法的平等の原則を示しているのであるが、
  2. 各人には、経済的、社会的その他種々な事実的差異が現存するのであるから、
  3. 一般法規の制定又はその適用において、その事実的差異から生ずる不均等があることは免れ難いところである、
  4. そして、その不均等が、一般社会観念上合理的な根拠のある場合には、平等の原則に違反するものとはいえないのである。
  1. ところで、罰金刑は、受刑者の貧富の程度如何によつてその効果に差異があり、受刑者の受ける苦痛の程度にも差異があることは所論のとおりであるか、
  2. 罰金刑は、刑法上認められている刑罰の一種であり、
  3. また、換刑処分を定めた刑法18条の規定は、罰金の特別な執行方法を定めたもので、罰金刑の効果を全うするための規定である、
  4. 若し、所論のように、罰金刑を定めた刑罰法規や、換刑処分を定めた規定が違憲であるという議論を推し進めるならば、それは罰金刑という刑罰自体を否定することになるのである、
  5. しかし、罰金刑は、受刑者の貧富如何によつてその効果に差異があるという弱点はあるけれども、
  6. なほ、一般的にみて、受刑者に対して一定の刑罰効果を挙げ得るものであるから、これを否定することはできない、
  7. 元来、刑罰は、財産刑に限らず、自由刑でも、受刑者の受ける苦痛の程度は具体的には各人によつて異なるのである、
  8. ただ、罰金刑では、その差異が貧富の程度如何によつて顕著であるに過ぎないのである、
  9. それゆえ、一定の違反行為に対し、罰金刑を定めた法規、及び、換刑処分を定めた法規は、
  10. 各人を法律上平等に取扱つているのであつて、刑罰によつて受刑者の受ける苦痛の差異は、その法規から必然的に生ずる避けがたい差異という外はない。
  1. そして、裁判所は、刑の量定をする場合には、犯情その他諸般の事情を参酌するのであるが、
  2. 罰金刑については、犯人の資産状態も、亦、特に考慮せられて、その刑罰効果を挙げることに十分な注意が払はれているのである、
  3. また、刑法25条の改正によつて、五万円以下の罰金の言渡を受けた者については、情状により、刑の執行猶予を与える途も開かれたのであり、
  4. 労役場の留置については、刑法30条2項の規定によつて、情状により仮出場を許すこともできるのであつて、
  5. これ等の方法によつて、前示貧富の程度によつて生ずる不均等も或る程度は緩和され得るのである、
  1. 以上の次第で、
  2. 罰金刑が、受刑者の貧富の程度如何によつて、その受刑者に与える苦痛に差異があることは、
  3. 貧富という各人の事実的差異から生ずる必然的な差異であり、
  4. 刑罰法規の制定による社会秩序維持という大局からみて、己むを得ない差異であつて、一般社会観念上合理的な根拠あるものとして是認さるべきものと認められるのであるから、これをもつて平等の原則に反するものとはいえないのである。
  5. されば、論旨はその理由がない。
  6. よつて、本件上告は理由がないから、旧刑訴四四六条によつて主文のとおり判決する。
  7. この判決は裁判官全員一致の意見である。

検察官 岡本梅次郎関与

昭和二五年六月七日

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 塚 崎 直 義

裁判官 沢 田 竹 治 郎 裁判官 霜 山 精 一 裁判官 井 上 登 裁判官 真 野 毅 裁判官 小 谷 勝 重 裁判官 斎 藤 悠 輔 裁判官 藤 田 八 郎 裁判官 岩 松 三 郎 裁判官 河 村 又 介 裁判官 穂 積 重 遠