イギリス王室の歴史#1

感性と理論

イギリス王室の歴史#1

https://ja.wikipedia.org/wiki/七王国

https://ja.wikipedia.org/wiki/イングランド君主一覧

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七王国

https://ja.wikipedia.org/wiki/ゲルマン人

https://ja.wikipedia.org/wiki/フランク王国

西フランク王国

https://ja.wikipedia.org/wiki/西フランク王国

843年 – 987年 フランス王国の前身


Netflix:Last Kingdomの続き

878年のイングランド・デーンロウ


 イングランド王国のアルフレッド大王の曾孫エドガー王(位959~975)はデーン人と共存しながら次第にデーン人の居住地(デーンロー地方)を併合していった。

その子のエセルレッドの時期には再びデーン人の活動が活発となり、王は対抗上、ノルマンディー王女エマを迎えた。ここから、イングランドとノルマンディーの関係が生まれた。

ノルマンディー公国・ノルマンディー州・ノルマンディー地域圏

デーン人のクヌートが1016年、イングランド王位を奪ったが、1036年に死去するとその北海帝国は分解し、イングランド王にはエセルレッドとエマの間に生まれていたエドワードが即位し、アングロ=サクソン系の王位が復活した。

北海帝国

 
 エドワード証聖王(懺悔王 the Confessor)の宮廷には母のエマがノルマンディー王女だったので、多数のノルマンディ人が貴族・役人、聖職者となっていた。またノルマンディー商人も入り込んでいた。それに対してアングロ=サクソン人の貴族たちは不満を持つようになっていった。


ノルマン・コンクエスト

https://ja.wikipedia.org/wiki/ノルマンディー公

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11世紀にノルマンディーギヨーム2世によって行われたウェセックス朝イングランド王国に対する軍事遠征である。

1066年、エドワード懺悔王は世継ぎを残すことなく崩御し、その後継の座を巡った争いが勃発した。次期イングランド王に名乗りを挙げた主な人物は3人存在した。1人目はアングロ・サクソン人の有力貴族で先王エドワードの義兄弟ハロルド・ゴドウィンソン、2人目はノルマンディー公ギヨーム2世、3人目はノルウェー王ハーラル3世苛烈王である。

1066年、ノルマンディー公ウィリアムがドーバー海峡を超えてイングランド王国に侵入し、ヘースティングスの戦いでアングロ=サクソン王朝ハロルドの軍を破り、その年クリスマスにイギリス王として即位、ノルマン朝を開いた。

ノルマン朝の性格

英仏にまたがる領土 

ウィリアムの統治する範囲はブリテン島のイングランドと共に、本来の領地である大陸のノルマンディーにもあった。

ウィリアム1世は各地で抵抗するアングロ=サクソン系の貴族を服属させ、イングランドを完全に統一し、強固な征服王朝をうち立てた。それがノルマン朝であり、1154年(嫡男子断絶による無政府時代・ブロワ朝)まで続く。

国王と臣下のねじれ現象

 ウィリアムはイングランド国王として即位したが、本来のノルマンディー公(ギヨーム)の立場はそのままであった。つまりイングランド国王であると同時に、ノルマンディー公としてはフランス王から封土を与えられている臣下であるというねじれた存在となった。


フランス風宮廷 

ウィリアム自身がフランス語を日常語とするノルマン人であり、彼の臣下の貴族・役人もフランス語を話したので、イングランド王国の宮廷はロンドンにあってもフランス語が公用語とされ、フランス文化が優位であった。イギリスにフランス風(ラテン風)の国家統治と宮廷文化がもたらされ、それ以後のイギリスとフランスの密接な(というより一体の)関係が始まる。

ウィリアム1世のイングランド征服の後、イングランドが外国軍によって征服されることはなく、後の王家は全てウィリアム1世の血統を受け継いだ。またウィリアム1世の宮廷ではノルマンなまりのフランス語が使用されたが、時代とともに現地の言葉と融合し、現代に至る英語が形成されていった。

ノルマン語の単語がイングランドの言語に取り入れられていき、William(英語版)やRobert(英語版)、Richard(英語版)といったフランス風の男性の名前もイングランドに急激に広まっていった。


この形態は、次のプランタジネット朝の時代も続き、百年戦争の原因となり、その戦争を以てほぼこの状態は解消される。中世における「国家」を、近代以降の「国民国家」と同一のものと捉えてはいけない。≫アンジュー帝国

プランタジネット朝・ノルマンディ公国の領土

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