宗教改革(プロテスタント)

感性と理論

宗教改革(プロテスタント)

https://ja.wikipedia.org/wiki/プロテスタント

https://www.y-history.net/appendix/wh0903-025.html

宗教改革運動を始めとして、カトリック教会(または西方教会)から分離し、特に広義の福音主義を理念とするキリスト教諸教派を指す。

ドイツを中心に宗教改革が展開される中で形成された、ローマ教皇を頂点としたカトリック教会の権威を否定して、主として聖書をもとにした純粋な信仰を掲げた宗派を総称してプロテスタント(新教徒)という。またその思想をプロテスタンティズムという。

宗教改革は、1517年、贖宥状に対するルターの批判がきっかけとなり、以前から指摘されていた教皇位の世俗化、聖職者の堕落などへの信徒の不満と結びついて、旧教(ローマ・カトリック教会)から新教の分離へと発展した。

ルター派 ルターは福音主義、信仰義認説、万人祭司主義を明確に打ち出し、ローマ教皇とカトリック教会の形式的な儀式とかしている秘蹟の祭儀を否定した。

アナバプティスト スイスの宗教改革家ツヴィングリの系統をひく。彼はルターの影響で改革にあたったが、ルターよりも過激で、聖書を絶対の権威としてそれに書かれていない一切の祝祭・告解・贖罪、さらには教会のオルガンでさえ禁止した。カトリックとルター派の双方から反対されたためドイツでは絶え、スイスやオーストリアのチロル地方で勢力を広げた。

カルヴァン派 カルヴァンは1533年にプロテスタントであることを宣言、1536年に弱冠26歳で『キリスト教綱要』を著してスイスとフランスに大きな影響を与えた。1541年からはジュネーヴの市政をプロテスタント信仰に基づく理念で推し進めた。

カルヴァンの追随者は、フランスではユグノー、イングランドではピューリタンと呼ばれた。スコットランドではプレスビテリアンと言われ、ジョン=ノックスがその指導者となって活躍した。英語圏ではカルヴァン派の教会はプレスビテリアン・チャーチ(長老派教会)と呼ばれるが、英語圏外ではリフォームド・チャーチ(改革派教会)と言われることが多い。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です