チャールズ1世 (スチュアート朝#2)

感性と理論

チャールズ1世 (スチュアート朝#2)

https://ja.wikipedia.org/wiki/チャールズ1世_(イングランド王)

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_I_of_England

1600年11月19日-1649年1月30日

1625年3月27日〜1649年に三王国戦争(イングランド内戦)の結果、処刑されるまでイングランド、スコットランド、アイルランドの王

三十年戦争(旧教vs新教からハプスブルク家vsブルボン家)で争うヨーロッパ大陸のカトリックプロテスタント諸国の仲裁役を目指した父の意向で、姉は1613年にプロテスタントのプファルツ選帝侯フリードリヒ5世(三十年戦争で廃位)と結婚、チャールズはカトリックのフェリペ4世の妹との結婚を進めた。

しかし、スペインはプロテスタントのイングランドへ嫁がせる気は全くなく、チャールズは反スペイン派(フランス派)となり、フランスアンリ4世の娘でルイ13世の妹ヘンリエッタ・マリアと結婚した。

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