エリザベス二世呼称問題

感性と理論

エリザベス二世呼称問題

エリザベス二世が1952年2月6日に即位した際、イングランドには過去に同名の国王(チューダー朝エリザベス1世)がいたが、イングランド王国チューダ朝はすでに断絶し、現在のグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国を構成するスコットランドには過去に同名の国王が存在していなかった。

イングランドを基準にすれば新国王の呼称は「エリザベス2世女王」であるが、スコットランドを基準にすれば新しい国王の呼称は「エリザベス(1世)女王 (Queen Elizabeth)」となる。

そこで、スコットランドの民族主義政党であるスコットランド国民党の指導的立場にいたジョン・マコーミック(英語版)は、「新国王がスコットランドにおいて「エリザベス2世女王」と名乗ることは、1707年合同法違反だ」として裁判を起こしたが敗訴した。

「王がどう名乗るかは国王大権 (royal prerogative) に属することであり、マコーミックに裁判で争う権利は認められない」とされた。

これでエリザベスはイングランドでもスコットランドでも「エリザベス2世女王」と堂々と名乗れるようになった。

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