アンリ4世 (ブルボン朝#1)

感性と理論

アンリ4世 (ブルボン朝#1)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アンリ4世_(フランス王)

ブルボン朝初代のフランス国王(在位:1589年8月2日 – 1610年5月14日

1610年にフランスのアンリ四世が死んだ後、ヨーロッパの大国の国王の中でかなりの金銀を蓄積したとみられるのは、プロイセンの前国王のフリードリヒ・ビルヘルム一世と現国王のフリードリヒ二世だけである。

国富論第五編第三章 政府債務

ブルボン朝初代のフランス国王(在位:1589年8月2日 – 1610年5月14日

1598年ナントの勅令を発布してカトリックとユグノーとの国内融和に努め、40年近くにわたる戦争を終結させた。

国内の混乱を終息させ、戦後は戦争によって疲弊した国家の再建を行ったことにより、金銀を蓄えることができた。

カトリックとユグノーの対立が収まったことが、フランスの国家統一の出発になったといわれる。

戦費の縮小や商工業におけるユグノーの活躍は国家財政の安定もたらし、17世紀のフランスの大国時代を作り上げた。


しかし、1685年、「太陽王」ルイ14世フォンテーヌブローの勅令によりこの勅令を廃止した。

これは、カトリック中心の権威主義的な国家へと戻すことになり、プロテスタント信徒の大半はネーデルラントなどの国外へ逃れた。

ユグノーという商工業の担い手を失ったフランスはその後の衰退を招き、ライバルであったイングランド、オランダに植民地を奪われることになる。

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