中世西洋音楽

感性と理論

中世西洋音楽

https://ja.wikipedia.org/wiki/中世西洋音楽

6世紀頃から15世紀にかけての音楽を指す。


モノフォニック音楽

グレゴリオ聖歌をはじめとするキリスト教の聖歌や、トルバドゥールトルヴェールに代表される世俗音楽、アラブ世界との関連を持つスペインカンティガがある。


グレゴリオ聖歌

聖ヘンリクを讃えた14 – 15世紀成立の譜線ネウマは、16世紀に現代でも用いられる五線譜に発展した 

9世紀から10世紀にかけて、フランク王国カロリング朝の時代に、ローマとガリアの地方聖歌を統合したもの。

グレゴリオ聖歌は、西方教会の各地固有の聖歌を駆逐し、ローマ・カトリック教会の公式な聖歌として、ローマ典礼に基づくミサや修道院の聖務日課で歌われるようになった。教皇グレゴリウス1世が編纂したと広く信じられていた。

西方教会単旋律聖歌(プレインチャント)の基軸をなす聖歌で、単旋律、無伴奏の宗教音楽教会旋法が成立し、8つの旋法で体系づけられる。


グレゴリオ聖歌の普及と覇権

現存する最古の楽譜史料は、9世紀後半のものである。それ以前は、聖歌は口頭で伝承されていた。

カール大帝神聖ローマ皇帝となると、聖職者にグレゴリオ聖歌を用いなければ死罪とすると脅迫し、積極的に帝国内にグレゴリオ聖歌を広めて、聖権力および世俗権力の強化を図った。

885年には、教皇ステファヌス5世教会スラヴ語を用いた典礼を禁止し、ポーランドモラヴィアスロヴァキアオーストリアなどを含む、東方のカトリック教会支配域でもグレゴリオ聖歌が優勢となった。


世俗音楽

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です