ナポレオンとイタリア

感性と理論

ナポレオンとイタリア

1796年、ナポレオン遠征時のイタリア

1796年3月、フランスの総裁政府はナポレオン・ボナパルトをイタリア方面軍司令官に任命し、イタリア戦役が開始され、オーストリア軍を破り、15日にはミラノに入城して旧ミラノ公国の領域を制圧、教皇国家北部に侵入してチスパダーナ共和国を建国させた。

モデナ公国と教皇領北部(右下)にチスパダーナ共和国が建国された。

1797年、チザルピーナ共和国を樹立してチスパダーナ共和国をこれに併合、フランスの衛星国となった。

1799年のチザルピーナ共和国(緑)

1802年、チザルピーナ共和国はナポレオンを大統領とし、イタリア共和国と改称した。

1803年のイタリア共和国(中央部の黄緑)

1805年、フランス第一帝政の成立に伴い、ナポレオンを国王とするイタリア王国へ移行する。

イタリア王国の位置(1812年)

1814年、ナポレオンの退位とともに、この国家は消滅した。

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