ウィンザー朝(イギリスの現在)

感性と理論

ウィンザー朝(イギリスの現在)

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    ウィンザー家
    House of Windsor
    王朝
     イギリス及び英連邦王国
    主家ザクセン=コーブルク=ゴータ家
    ヴェッティン分家
    創設1917年7月17日 (106年前)
    家祖ジョージ5世
    現当主チャールズ3世
    分家マウントバッテン=ウィンザー家
    認知的親族関係英語版))
    著名な人物一覧(英語版)
    バッキンガム宮殿のバルコニーに姿を現したウィンザー家の人々(2013年6月15日)

    ウィンザー朝(ウィンザーちょう)は、イギリスおよびその他の英連邦王国王朝である。


    ヴィクトリア(ハノーヴァー朝最後の女王)

    英語: Victoria、1819年5月24日 – 1901年1月22日)は、イギリスハノーヴァー朝第6代女王(在位:1837年6月20日 – 1901年1月22日)、初代インド皇帝女帝)(在位:1877年1月1日 – 1901年1月22日)。

    ハノーヴァー朝第3代国王ジョージ3世の孫。エドワード7世ドイツ皇后ヴィクトリアヘッセン大公アリスの母。

    2022年9月8日までイギリス女王であったエリザベス2世高祖母にあたる。

    世界各地を植民地化・半植民地化して繁栄を極めた大英帝国を象徴する女王として知られ、その治世は「ヴィクトリア朝」と呼ばれる。在位は63年7か月にも及び、歴代イギリス国王の中ではエリザベス2世に次いで2番目の長さである


    エドワード7世サクス=コバーグ・アンド・ゴータ朝

    英語Edward VII、全名:アルバート・エドワード英語: Albert Edward)、1841年11月9日 – 1910年5月6日[1]

    サクス=コバーグ・アンド・ゴータ朝の初代イギリス国王インド皇帝(在位:1901年1月22日 – 1910年5月6日)。

    母であるヴィクトリア女王の在位が長期にわたったため、チャールズ3世に次いで長くプリンス・オブ・ウェールズ(皇太子)の立場にあった[注釈 1]

    在位は1901年から1910年までの10年足らずであったが、その治世は「エドワード朝Edwardian era)」と呼ばれる。在位中は1905年まで保守党ソールズベリー侯爵バルフォア)、その後は自由党キャンベル=バナマンアスキス)が政権を担当した。

    彼の治世下に日英同盟英仏協商英露協商が締結され、日本フランスロシアとの関係が強化されたため、「ピースメーカー」と呼ばれた[注釈 2]

    王妃はデンマーク国王クリスチャン9世の娘アレクサンドラ(愛称アリックス)。


    ウィンザー朝

    1901年ザクセン=コーブルク=ゴータ家ヴェッティン家の分家)は、ヴィクトリア女王ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートの嫡男である国王エドワード7世の王位継承により、ハノーヴァー朝イギリスの君主に引き継いだ。

    1917年第一次世界大戦中のグレートブリテン及びアイルランド連合王国での反ドイツ感情英語版)のために、王室の名前を、ドイツ語の英語読みのザクセン=コーブルク=ゴータ家(House of Saxe-Coburg-Gotha)から英語のウィンザー家(House of Windsor)に改名した[1]

    それ以降、ウィンザー家は

    ジョージ5世、(在位: 1910年5月6日 – 1936年1月20日)

    エドワード8世、(在位:1936年1月20日 – 1936年12月11日)、ウィンザー朝の第2代国王である。退位後の称号でウィンザー公爵

    ジョージ6世、(在位:1936年12月11日 – 1952年2月6日)

    エリザベス2世(在位: 1952年2月6日 – 2022年9月8日)と続いた。

    チャールズ3世からは、マウントバッテン=ウィンザー家。

    現在の家長は15の主権国家の君主である。

    イギリス(拠点)、カナダオーストラリアニュージーランドジャマイカバハマグレナダパプアニューギニアソロモン諸島ツバルセントルシアセントビンセント・グレナディーンベリーズアンティグア・バーブーダセントクリストファー・ネイビスである。

    これらの各国の君主制に加えて、3つの王室属領、14のイギリス海外領土、および2つのニュージーランドの自由連合がある。

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