【判決理由】多数意見
東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意について。
一 大学の学問の自由と自治について
論旨のうちで、原判決には、憲法23条の学問の自由に関する規定の解釈、適用の誤りがあると主張する点について見るに、
同条の学問の自由は学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであつて、同条が学問の自由はこれを保障すると規定したのは、一面において広くすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、他面において大学が学術の中心として深く真理を探究することを本質とすることにかんがみて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである。
教育ないし教授の自由は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。
しかし、大学については憲法の右の趣旨とこれに沿つて、学校教育法52条が大学は学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究
することを目的とするとしていることとに基づいて、大学において教授その他の研究者が、その専門の研究の結果を教授する自由はこれを保障されると解するのを相当とする。
すなわち、教授その他の研究者は、その研究の結果を大学の講義または演習において教授する自由を保障されるのである。
そして以上の自由は、すべて公共の福祉による制限を免れるものではないが、大学における自由は右のような大学の本質に基づいて、一般の場合よりもある程度で広く認められると解される。
大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。
この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。
また、大学の施設と学生の管理についてもある程度で認められ、これらについて、ある程度で大学に自主的な秩序維持の権能が認められている。
このように、大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授、その他の研究者の研究その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。
大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によつて自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである。
もとより、憲法23条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。
しかし大学の学生として、それ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。
大学における学生の集会も、右の範囲において自由と自治を認められるものであつて、大学の公認した学内団体であるとか大学の許可した学内集会であるとかいうことのみによつて、特別な自由と自治を享有するものではない。
学生の集会が真に学問的な研究、またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当る行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないといわなければならない。
またその集会が、学生のみのものでなく、とくに一般の公衆の入場を許す場合には、むしろ公開の集会と見なされるべきであり、すくなくともこれに準じるものというべきである。
二 本集会への警官の立入について
本件のA劇団B演劇発表会は、原審の認定するところによれば、いわゆる反植民地闘争デーの一環として行なわれ、演劇の内容もいわゆる松川事件〔昭和38年9月12日上告審〕に取材し、開演に先き立つて右事件の資金カンパが行なわれ、
さらにいわゆる渋谷事件の報告もなされた。
これらはすべて、実社会の政治的社会的活動に当る行為にほかならないのであつて、本件集会はそれによつて、もはや真に学問的な研究と発表のためのものでなくなるといわなければならない。
また、ひとしく原審の認定するところによれば、右発表会の会場にはA大学の学生および教職員以外の外来者が入場券を買つて入場していたのであつて、本件警察官も入場券を買つて自由に入場したのである。
これによつて見れば、一般の公衆が自由に入場券を買つて入場することを許されたものと判断されるのであつて、本件の集会は決して特定の学生のみの集会とはいえず、むしろ公開の集会と見なさるべきであり、すくなくともこれに準じるものというべきである。
そうして見れば、本件集会は真に学問的な研究と発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動であり、かつ公開の集会またはこれに準じるものであつて、大学の学問の自由と自治はこれを享有しないといわなければならない。
したがつて、本件の集会に警察官が立ち入つたことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない。
三 結論
結論
これによつて見れば、大学自治の原則上、本件警察官の立入行為を違法とした第一審判決、およびこれを是認した原判決は、
憲法23条の学問の自由に関する規定の解釈を誤り、
引いて大学の自治の限界について解釈と適用を誤つた違法があるのであつて、この点に関して論旨は理由があり、その他の点について判断するまでもなく原判決および第一審判決は破棄を免れない。
よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官入江俊郎、同垂水克己、同奥野健一、同石坂修一、同山田作之助、同斎藤朔郎の補足意見、および、裁判官横田正俊の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
【補足意見】裁判官入江俊郎、同奥野健一、同山田作之助、同斎藤朔郎
裁判官入江俊郎、同奥野健一、同山田作之助、同斎藤朔郎の補足意見は次のとおりである。
警察官立入行為の違法性について
憲法23条にいう学問の自由
には、教授その他の研究者の学問的研究及びその発表、教授の自由と共に、学生の学ぶ自由も含まれるものと解する。
すなわち、教授その他の研究者が国家権力により干渉されることなく自由に研究し、発表し、教授することが保障されると同時に、学生においても、自由にその教授を受け自由に学ぶことをも保障されているものと解する。
そして大学は、学術の中心としての教育の場であり学問の場であるから、右学問の自由の保障はまた、その自由を保障するため必要な限度において、大学の自治をも保障しているものと解する。
けだし、若し大学の教育の場、学問の場に警察官が常に立ち入り、教授その他の研究者の研究、発表及び教授の仕方を監視したり、学問のための学生集会を監視し、これらに関する警備情報を収集する等の警察活動が許されるとすれば、到底学問の自由及び大学の自治が保持されないことは明白であるからである。
従つて、警察官が特に警察官職務執行法(本件当時は警察官等職務執行法)6条所定の立入権の行使としてではなく、単に警備情報の収集の目的を以つて、学の教育の場、学問の場に立ち入ることは、憲法23条の保障する学問の自由ないし大学の自冶を侵す違法行為であるといわねばならない。
しかし本件B劇団の集会は、原判決の認定事実によれば、反植民地闘争デーの一環として行なわれ、演劇の内容も裁判所に係属中の松川事件に取材し、開演に先き立ち右事件の資金カンパが行なわれ、更にいわゆる渋谷事件の報告もされたというのであつて、真に学問的な研究やその発表のための集会とは認められない。
従つて本件警察官の立入行為が、前記の学問の自由ないし大学の自治を侵した違法行為であるということはできない。
違法性阻却事由の該当性の判断基準
しかし本件集会が、少くとも大学における屋内集会であることは否定できない。
憲法21条で集会の自由を保障する所以のものは、集会において各自が相互に自由に思想、意見の発表、交換をすることを保障するためであるから、
若し警察官が警備情報収集の目的で集会に立ち入り、その監視の下に集会が行なわれるとすれば、各自の表現の自由は到底保持されず、集会の自由は侵害されることになる。
そして本件集会が平穏なものでなかつたという資料はなく、警察官は、警察官職務執行法6条の立入権によらず、単に警備情報の収集を目的とする警察活動を行なうためこれに立ち入つたことは、たとえ学問の自由ないし大学の自治を侵害したものでないにしても、憲法の保障する集会の自由を侵害することにならないとは断じ難い。(本件において、警察官が入場券を購入して入場したものであつても、一私人または一観客として入場したものではなく、警備情報収集のための警察活動を行なうため入場したものであることは、原判決の認定するところであり、また、本件集会が公開に準ずべきものであつたとしても、集会の自由が侵害されないとはいえない。)
しかし本件警察官の立入行為が違法であつたとしても、その違法行為を阻止、排除する手段は、当該集会の管理者またはこれに準ずる者が、その管理権に基づき警察官の入場を拒否するか入場した警察官の退去を要求すべきであつて、
若し警察官が右要求に応じないため、これに対して実力により阻止、退去の措置に出で、それが暴行行為となつた場合に始めてその暴行行為につき、違法性阻却事由の有無が問題となるわけである。
あてはめ
然るに原判決の認定するところによれば、被告人は警察官が自発的に立ち去ろうとしているのに、無理に引き止めて判示の如き暴力を加えたというのである。
然らば本件暴行は、警察官の立入行為を阻止、排除するために必要な行為であつたとはいえず、警察官が警察活動を断念して立ち去ろうとしている際に、もはや現在の急迫した侵害は存在せず、その排除とは関係なく被告人が警察官に対し暴行を加えたものというべきであるから、違法行為を排除するため緊急にして必要已むを得ない行為であつたとは到底認めることはできない。
わが刑法上、加害行為の違法性を阻却するのは、例えば正当防衛、緊急避難等の場合におけるように、法益に対する侵害または危難が現在し、これを防衛するために行なわれる加害行為が、緊急の必要にせまられて已むを得ないものと認められる場合でなければならないものと解すべきである。
然るに、被告人の本件加害行為については、かかる緊急性は認められないのみならず、過去において違法な警察活動があつたとか、また将来における違法な警察活動の防止のためとかいうが如き理由では、到底本件加害行為の違法性を阻却するに足る緊急性あるものと認めることができないことは明白である。
第一、二審判決は、法益の比較均衡のみに重点をおきすぎて、右の緊急性について十分な考慮をめぐらしていない憾みがある。
それはひつきよう、判決に影響を及ぼすべき刑法の解釈に誤りがあることになり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、第一、二審判決はいずれも破棄を免れない。
よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとおり 判決する。
この判決は、裁判官入江俊郎、同垂水克己、同奥野健一、同石坂修一、同山田作之助、同斎藤朔郎の補足意見および裁判官横田正俊の意見があるほか、裁判官全員一致 の意見によるものである。