他人の子を実子として届け出た者の代諾による養子縁組の追認の許否(昭和27年10月3日最高裁判所第二小法廷292)
養子縁組無効確認請求
破棄差戻

原判決を破毀する。

本件を福岡高等裁判所に差戻す。

一 他人の子を実子として届け出た者の代諾による養子縁組も、養子が満一五年に達した後これを有効に追認することができる。

二 右追認は、明示または黙示の意思表示をもつて養子から養親の双方に対し、養親の一方が死亡した後は他の一方に対してすればたりる。

旧民法843条,民法797条

上告人A1訴訟代理人松尾菊太郎及び川口彦次郎の上告理由第三点について。
  1. 上告人A1は、戸籍上、訴外Dと同人の妻Eとの間に、大正2年3月23日出生した二男として登載せられ、
  2. その後、大正4年6月9日、久留米市長に対する届出によつて、
  3. 上告人A2、及び妻Fと養子縁組をしたが、
  4. 当時、上告人A1は、十五歳未満であつたため、
  5. 右、D夫婦が、同上告人の父母として、同人に代つて、右縁組の承諾をしたものであること。
  6. しかるに、右A1は、真実は、右、D夫婦間の子ではなくて、訴外Gの子であることは、原判決の確定するところである。
  1. 原判決は、右の事実関係に基き、
  2. D夫婦には、旧民法八四三条により前記養子縁組につき、上告人A1に代つて承諾する権利はないのであるから、
  3. 右、養子縁組は、無效数であると判示したのであるが、
  4. 上告人A1代理人は、原審において、

    (一) 養子となる者が十五歳未満である場合の縁組の代諾は、一種の法定代理と認むべきである。

    されは、無権利者の代諾は、無権代理の一場合として、追認によつて有効となすことができるものと信ずる。

    しかして、上告人A1は、三歳のとき、前記縁組により、A家に養子として引取られて養育され、

    同上告人も、亦、爾来、上告人A2夫婦に対して、真の父母に対すると同様の心情をもつて仕え、今日に至つたものであつて、

    その間、大正9年中、上告人A1が、八歳の頃、上告人A2が亡Iを後妻として迎えるとき、

    上告人A1の実父母は、右A2に対して、

    同人に将来実子ができれば、後日、紛争等のことが起り、お互の不幸であるから、離縁しては如何と申出でたところ、

    上告人A2は、この縁組は先代A2夫婦の懇望もあつたことであるから、

    実子は他家へ遣つても、A家はA1に相続させるといつて、その離縁の申出を拒絶した事実があり、

    又、昭和18年10月、上告人A1が出征する際にも、上告人A2夫婦は、上告人A1に対し、その実子に対すると同様の愛情をもつて、その首途を祝し、

    なお、昭和21年9月28日、上告人A1が、その妻Jと婚姻の届出をするときも、

    上告人A2は、戸主としてこれに同意を与えている事実があるので、

    これ等の事実に徴するときは、

    本件、当事者間には、訴外D夫婦のなした前記縁組の代諾について、追認があつたものと認むべきであるばかりでなく、

    上告人A1は、昭和22年12月23日、上告人A2に対し、書面をもつて、追認の意思表示を明確にしているのである。

    (二) 仮りに、右代諾が追認によつて有効となり得ないとしても、

    上告人A1が、養子年令に達した後、

    同上告人と、上告人A2との間には、

    前記のように、本件養子縁組を追認した事実があるので、

    民法119条但書の規定によつて、

    その時に、新たに養、子縁組が成立したものと看做されるから、本件縁組の無効原因は解消されたのである。

    と陳述したことは、記録上明らかである。
  1. しかるに、原判決はこれに対し、
  2. 要式行為である養子縁組について、
  3. 無権代理の追認の法理、並びに、民法119条但書の規定は適用の余地のないものとして、
  4. 右抗弁を排斥したのである。
  1. しかしながら、
  2. 民法が、養子縁組を要式行為としていることは明瞭であるけれども、
  3. 民法は、一面において、取消し得べき養子縁組について、追認によつて、その縁組の効力を確定せしめることを認めていることは、明文上明らか(旧民法853条855条新民法804条806条807条)であつて、
  4. しかも、
  5. 民法、戸籍法を通して、この追認に関して、その方式を規定したものは見当らないのであるから、
  6. この追認は、口頭によると、書面によると、明示たると黙示たるとを問わないものと解するの外はないのであつて、
  7. わが民法上、養子縁組が要式行為であるからと云つて、追認が、これと全く相容れないものの如く解することはあやまりである。

    (民法が追認を認めているのは、取消し得べき縁組についてであるけれども、

    前示各場合は、いずれも、縁組の成立の要件に違法のある場合であつて、

    その本質は、無効と見るべき場合なのであるが、

    民法は、その結果の重大性に鑑み、又、多くは、事実上の縁組関係が既成している事実関係に着目し、

    これを無効原因とせず、取消しの原因とした上、

    その追認、又は時の経過により、その違法を払拭する途を拓いたのであつて、

    追認を以て、縁組と本質的に相容れないものとは、民法は考えていないのである。)

  1. 旧民法843条の場合につき、
  2. 民法は、追認に関する規定を設けていないし、
  3. 民法総則の規定は、直接には、親族法上の行為に適用を見ないと解すべきであるが、
  4. 15歳未満の子の養子縁組に関する、家に在る父母の代諾は、法定代理に基くものであり、
  5. その代理権の欠缺した場合は、一種の無権代理と解するを相当とするのであるから、
  6. 民法総則の無権代理の追認に関する規定、及び前叙養子縁組の追認に関する規定の趣旨を類推して、
  7. 旧民法843条の場合においても、養子は満15歳に達した後は、
  8. 父母にあらざるものの自己のために代諾した養子縁組を、有効に追認することができるものと解するを相当とする。
  9. しかして、この追認は、前示追認と同じく、何らその方式についての規定はないのであるから、明示若しくは黙示をもつてすることができる。
  10. その意思表示は、満15歳に達した養子から、養親の双方に対してなさるべきであり、
  11. 養親の一方の死亡の後は、他の一方に対してすれば足るものであり、適法に追認がなされたときは、縁組は、これによつて、はじめから、有効となるものと解しなければならない。
  1. しかして、前述のごとく、上告人A1代理人の原審において主張するところによれば、
  2. 上告人A1は、大正4年6月、本件養子縁組の届出以後(当時同人は3歳)、
  3. 上告人A2、並びに、その妻Fとの間に、事実上の養子としての関係をつゞけ、
  4. A2が、後妻Iを迎えて後も、同人夫妻との間に、事実上の養親子関係を継続して、
  5. 本訴提起前、既に30年を経過したというのであつて、
  6. 上告人A1が独立して養子縁組をすることのできる年令(満十五歳)に達して後も、
  7. まさに20年に垂んとするのである。

    (その間、何人からも、本件縁組の無効を主張する訴の提起された形迹もみとめられない)

  1. その上、上告人A1は、
  2. 昭和22年12月23日、上告人A2に対し、書面をもつて右追認の意思表示をしたというのであるから、
  3. 如上じょじょう〔上に述べた通り〕A1代理人が、原審において主張するうな事実関係が存在するならば、
  4. 同上告人は、少くとも上告人A2に対して本件縁組を追認したものと解すべきであるから、
  5. 原審としては、如上事実関係につき、その存否を審理し、果して、上告人A1が本件養子縁組を適法に追認したかどうかを確定しなければならない。
  6. しかるに、原審は、
  7. たゞ、養子縁組が要式行為であるとの理由により、追認の法理を容れる余地なしと即断して、
  8. 如上事実関係について、何ら審理するところなく上告人A1の抗弁を排斥したのは、法令の解釈を誤つたものと云わなければならない。
  9. よつて、原判決は、この点において破毀を免れないものとし、その余の論旨についての判断を省略し、民訴407条、を適用し、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 霜 山 精 一

裁判官 栗 山 茂

裁判官 藤 田 八 郎

裁判官 谷 村 唯 一 郎