仮処分判決に対する上訴の提起と強制執行停止決定

昭和25年9月25日大法廷決定

強制執行停止決定事件につきなした決定に対する特別抗告

昭和25(ク)43
決定
却下
主文
本件特別抗告を却下する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
要旨
仮処分判決に対して上訴が提起されたときは、仮処分の内容が、権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得しめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞ある場合にかぎり、その執行の停止を求めることができる。
二 
三 
四 
参照条文
民訴法756条
民訴法748条
民訴法512条
民訴法500条
裁判結果

【判決理由】多数意見

抗告理由は末尾に添附した別紙記載のとおりである。

仮処分裁判の執行停止の必要性と民訴法五百十二条の準用

原決定は、抗告人から相手方に対する東京地方裁判所昭和二五年(ヨ)八八七号賃金仮処分申請事件につき、同年四月一九日同裁判所のなした仮処分判決に対し、相手方から控訴の申立のなされたことを事由として、民訴五一二条五〇〇条に従い、右控訴事件の判決あるまで前示仮処分判決の執行停止を命じたものであることは、一件記録に照らし明らかである。

思うに、民訴五〇〇条の規定は、再審の訴等のあつた場合、将来その訴が理由あり原判決が取消されるようなことのあるべきを考慮して裁判所は、予め当該判決の執行の一時の停止又は既になされた強制処分の取消等を命じ得るものとし、これによつて不当に強制執行のなされることを防止する方途を開いたものであり、

また、仮執行宣言付判決に対し上訴の申立等のあつた場合においても、同様の事情の存すること勿論であるから、同法五一二条の規定が設けられたのである。

然るに、仮処分の裁判はそれが判決でなされたときにおいても、係争物に関するもの(同法七五五条)たると仮の地位を定めるもの(同七六〇条)たるを問わず、要するに将来本案訴訟において確定せらるべき請求につき、その固有給付を保全するに必要な緊急措置を講ずるものたるに過ぎない。

従つて、かゝる仮処分判決が執行されるとしても、そこに実現されるものは、本案判決に基ずく強制執行が権利の終局的満足を招来するのと異なり、原則として権利保全に必要な仮の措置たる範囲を出でない筈なのである。

されば仮処分判決に対し、たとい上訴の申立があり、将来その判決の取消又は変更される可能性が予見される場合であつても、予めその執行を停止する等一時的応急の措置を講ずる必要は存在しないのである。

のみならず、若し民訴五一二条を準用して、仮処分判決に対して上訴の提起されたことを理由として保証を立てしめ、簡易にその執行の停止を求め得るものとすれば、

固有給付保全のためにする緊急措置を講ずることを内容とする仮処分は、その執行を停止されることにより、仮処分の裁判そのものを取消されたのとほゞ同一の結果を招来することとなり、

緊急事態に対してなされる緊急措置たる効果を阻害されるに至り仮処分制度による特別保護の目的を滅却することとなるのである。

一般に、仮処分を以て仮処分裁判の執行を停止することが許されないといわれ、また、民訴七五九条において、特別ノ事情アルトキニ限リ保証ヲ立テシメテ仮処分ノ取消ヲ許スコトヲ得る旨規定されていることを思えば、原則として仮処分の執行につき民訴五一二条を準用することの不可なる所以を了解することができるであろう。

しかしながら、各場合において具体的になされた仮処分の内容が、権利保全の範囲にとゞまらず、その終局的満足を得せしめ、若くはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞あるようなものであるならば、

その執行は実質上、終局的執行のなされた場合と何等えらぶところはないのであるから、この場合においてのみ、例外として民訴五一二条を準用する必要あるものといわざるを得ない。

金員支払いを命じた仮処分に対する執行停止の是非

然るに、本件東京地方裁判所の仮処分判決は、被申立人は別冊(全一九冊)目録記載の申立人組合の組合員に対し、それぞれ一人金六〇五円づつの金員を支払わなければならない。というのであり、これを執行するにおいて保全すべき請求の終局的実現を招来する虞あるものたること、その内容自体に徴して明らかである。

従つて、原審が本件において民訴五一二条に従い、右判決の執行停止を命じたことは、何等の違法もない。

また、同条所定の執行停止等の措置は、前説示のような理由にもとずきなされるものであり、もとより、本案である上訴の理由があるか否かを判断した上でなければこれをなし得ないというものではない(民訴五四七条二項参照)

原審も亦所論停止決定をなすに際し、本件仮処分判決に対する上訴が理由あるか否かの点、その他憲法の保障する所論の労働基本権乃至生存権の存否等については、何等の判断をもしていないことは、原決定を一読して容易に了解し得るところである。

されば原審が該停止決定をなすことにより、憲法二五条の生存権及び同法二八条の労働者の団結権を否定したものであるとの所論は、原決定を正解せず、存在しない原審の判断を前提として違憲論を試みるものに外ならないのであり、特別抗告適法の理由となすに足りない。

次に、当事者を審訊することなく停止決定をなしたことを違法とする所論に至つては、単なる手続法違反を云為するものであり、かゝる理由にもとずき特別抗告をなし得ないことは勿論である。

のみならず、元来所論の停止決定は受訴裁判所において当事者を審訊することを要せずしてなし得るところであり、この点に関しても原審に何等手続上の違反は存在しない。

よつて訴訟費用につき民訴九五条八九条に従い主文のとおり決定する。

以上は裁判官全員一致の意見である。