右資金は、いわゆる安保反対闘争に参加して処分を受けた組合員を救援するための資金であるが、
後記五の政治意識昂揚資金とともに、労働組合の政治的活動に関係するので、
以下においては、まず労働組合の政治的活動に対する組合員の協力義務について一般的に考察し、次いで右政治的活動による被処分者に対する救援の問題に及ぶこととする。
1 組合の政治活動に対する組合員の強力義務
既に述べたとおり、労働組合が労働者の生活利益の擁護と向上のために経済的活動のほかに政治的活動をも行うことは、
今日のように、経済的活動と政治的活動との間に、密接ないし表裏の関係のある時代においてはある程度まで必然的であり、
これを組合の目的と関係のない行為として、その活動領域から排除することは実際的でなく、また当を得たものでもない。
それゆえ労働組合がかかる政治的活動をし、あるいはそのための費用を組合基金のうちから支出すること自体は、法的には許されたものというべきであるが、
これに対する組合員の協力義務をどこまで認めうるかについては、更に別個に考慮することを要する。
すなわち一般的にいえば、政治的活動は一定の政治的思想、見解、判断等に結びついて行われるものであり、労働組合の政治的活動の基礎にある政治的思想、見解、判断等は、必ずしも個々の組合員のそれと一致するものではないから、
もともと団体構成員の多数決に従つて、政治的行動をすることを予定して結成された政治団体とは異なる労働組合としては、
その多数決による政治的活動に対して、これと異なる政治的思想、見解、判断等をもつ個々の組合員の協力を義務づけることは、原則として許されないと考えるべきである。
かかる義務を一般的に認めることは、組合員の個人としての政治的自由、特に自己の意に反して一定の政治的態度や行動をとることを強制されない自由を侵害することになるからである。
しかしながら、労働組合の政治的活動とそれ以外の活動とは、実際上しかく截然と区別できるものではなく、一定の行動が政治的活動であると同時に、経済的活動としての性質をもつことは稀ではないし、
またそれが、政治的思想、見解、判断等と関係する度合いも必ずしも一様ではない。
したがつて労働組合の活動が、いささかでも政治的性質を帯びるものであれば、常にこれに対する組合員の協力を強制することができないと解することは妥当な解釈とはいいがたい。
例えば、労働者の権利利益に直接関係する立法や行政措置の促進又は反対のためにする活動のごときは、政治的活動としての一面をもち、そのかぎりにおいて組合員の政治的思想、見解、判断等と全く無関係ではありえないけれども、それとの関連性は稀薄であり、むしろ組合員個人の政治的立場の相違を超えて、労働組合本来の目的を達成するための広い意味における経済的活動、ないしはこれに付随する活動であるともみられるものであつて、
このような活動について組合員の協力を要求しても、その政治的自由に対する制約の程度は極めて軽微なものということができる。
それゆえこのような活動については、労働組合の自主的な政策決定を優先させ、組合員の費用負担を含む協力義務を肯定すべきである。
これに対し、いわゆる安保反対闘争のような活動は、究極的にはなんらかの意味において、労働者の生活利益の維持向上と無縁ではないとしても、直接的には国の安全や外交等の国民的関心事に関する政策上の問題を対象とする活動であり、
このような政治的要求に賛成するか反対するかは、本来各人が国民の一人としての立場において、自己の個人的かつ自主的な思想、見解、判断等に基づいて決定すべきことであるから、
それについて組合の多数決をもつて組合員を拘束し、その協力を強制することを認めるべきではない。
もつともこの種の活動に対する費用負担の限度における協力義務については、これによつて強制されるのは一定額の金銭の出捐だけであつて、問題の政治的活動に関しては、これに反対する自由を拘束されるわけではないが、たとえそうであるとしても、一定の政治的活動の費用としてその支出目的との個別的関連性が明白に特定されている資金についてその拠出を強制することは、かかる活動に対する積極的協力の強制にほかならず、
また、右活動にあらわされる一定の政治的立場に対する支持の表明を強制するにも等しいものというべきであつて、やはり許されないとしなければならない。
次に、右安保反対闘争のような政治的活動に参加して、不利益処分を受けた組合員に対する救援の問題について考えると、
労働組合の行うこのような救援そのものは、組合の主要な目的の一つである組合員に対する共済活動として当然に許されるところであるが、
それは同時に、当該政治的活動のいわば延長としての性格を有することも否定できない。
しかし、労働組合が共済活動として行う救援の主眼は、組織の維持強化を図るために、被処分者の受けている生活その他の面での不利益の回復を経済的に援助してやることにあり、
処分の原因たる行為のいかんにかかわるものではなく、もとよりその行為を支持、助長することを直接目的とするものではないから、
右救援費用を拠出することが、直ちに処分の原因たる政治的活動に積極的に協力することになるものではなく、またその活動のよつて立つ一定の政治的立場に対する支持を表明することになるものでもないというべきである。
したがつてその拠出を強制しても、組合員個人の政治的思想、見解、判断等に関係する程度は極めて軽微なものであつて、
このような救援資金については、先に述べた政治的活動を直接の目的とする資金とは異なり、組合の徴収決議に対する組合員の協力義務を肯定することが相当である。
なお、処分の原因たる被処分者の行為は違法なものでもありうるが、右に述べた救援の目的からすれば、そのことが当然には協力義務を否定する理由となるものではない(当裁判所昭和48年(オ)第498号組合費請求事件同50年11月28日第三小法廷判決参照)。
五 政治意識高揚資金の納付義務
右資金は、総選挙に際し特定の立候補者支援のためにその所属政党に寄付する資金であるが、
選挙による議員の活動は、各種の政治的課題の解決のために労働者の生活利益とは関係のない広範な領域にも及ぶものであるから、
選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。
したがつて労働組合が組織として、支持政党又はいわゆる統一候補を決定し、その選挙運動を推進すること自体は自由であるが(当裁判所昭和三八年(あ)第九七四号同43年12月4日大法廷判決・刑集二二巻一三号一四二五頁参照)、
組合員に対して、これへの協力を強制することは許されないというべきであり、
その費用の負担についても同様に解すべきことは既に述べたところから明らかである。
これと同旨の理由により、本件政治意識昂揚資金について、被上告人らの納付義務を否定した原審の判断は正当であつて、所論労働組合法又は民法の規定の解釈適用を誤つた違法はない。
また、所論違憲の主張はその実質おいて、原判決に右違法のあることをいうものであるか独自の見解を前提として原判決の違憲を主張するものにすぎないから失当であり、更に所論引用の判例も事案を異にし本件に適切でない。
この点に関する論旨は採用することができない。