労働組合の統制権と組合員の立候補の自由

昭和43年12月4日大法廷判決

公職選挙法違反

事件名昭和38(あ)974号
判決
破棄差戻()
主文
原判決中公訴事実第一の(一)の被告人Aが昭和三四年三月二九日B労働会館において公職の候補者となろうとするCを威迫したという点について検察官の控訴を棄却した部分を除き、その余を破棄する。
右破棄部分に関する本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
前記公訴事実第一の(一)の点に関する本件上告を棄却する。
要旨
一 労働組合は、憲法第二八条による労働者の団結権保障の効果として、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、その組合員に対する統制権を有する。
二 公職の選挙に立候補する自由は、憲法第一五条第一項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。
三 労働組合が、地方議会議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げて選挙運動を推進している場合において、統一候補の選にもれた組合員が、組合の方針に反して立候補しようとするときは、これを断念するよう勧告または説得することは許されるが、その域を超えて、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に統制違反者として処分することは、組合の統制権の限界を超えるものとして許されない。
参照条文
憲法15条1項
憲法25条
憲法28条
労働組合法1条1項
労働組合法2条
公職選挙法10条
公職選挙法225条1号
公職選挙法225条3号
裁判結果

【判決理由】多数意見

検察官井本台吉の上告趣意第一点について。

所論は、
原判決は憲法28条15条1項の解釈を誤り、 労働組合の統制権の範囲を不当に拡張し、 かつ立候補の自由を不当に軽視し、 よつて労働組合が右自由を制限し得るものとした違法がある
というにある。

(1)〔労働組合法と統制権〕

思うに、 労働者の労働条件を適正に維持し、かつこれを改善することは、 憲法25条の精神に則り、 労働者に人間に値いする生存を保障し、 さらに進んで一層健康で文化的な生活への途を開くだけでなく、 ひいてはその労働意欲を高め、国の産業の興隆発展に寄与するゆえんでもある。

然るに、労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、 個々にその使用者たる企業者に対立していたのでは、 一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、 対等の立場においてその利益を主張しこれを貫徹することは困難である。

そこで労働者は、 多数団結して労働組合等を結成し、 その団結の力を利用して、必要かつ妥当な団体行動をすることによつて、 適正な労働条件の維持改善を図つていく必要がある。

そして、労働組合法は、 憲法二八条の定める労働基本権の保障を具体化したもので、

その目的とするところは、
労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成すること
にある(労働組合法一条一項)

右に述べたように労働基本権を保障する憲法二八条も、さらにこれを具体化した労働組合法も、直接には労働者対使用者の関係を規制することを目的としたものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を保障するものにほかならない。

ただ労働者が、憲法二八条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合において、その労働組合が正当な団体行動を行なうにあたり、

労働組合の統一と一体化を図りその団結力の強化を期するためには、その組合員たる個々の労働者の行動についても、組合として合理的な範囲においてこれに規制を加えることが許されなければならない(以下、これを組合の統制権とよぶ。)

およそ組織的団体においては、一般にその構成員に対し、その目的に即して合理的な範囲内での統制権を有するのが通例であるが、

憲法上、団結権を保障されている労働組合においては、その組合員に対する組合の統制権は一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合の団結権を確保するために必要であり、かつ合理的な範囲内においては労働者の団結権保障の一環として、憲法二八条の精神に由来するものということができる。

この意味において、憲法二八条による労働者の団結権保障の効果として、労働組合はその目的を達成するために必要であり、かつ合理的な範囲内において、の組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。

(2)〔労働組合の政治活動〕

ところで労働組合は、元来労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体である(労働組合法二条)

そしてこのような労働組合の結成を、憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の労働者をして、その強者である使用者との交渉において対等の立場に立たせることにより、働者の地位を向上させることを目的とするものであることはさきに説示したとおりである。

しかし、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者がその経済的地位の向上を図るにあたつては、単に対使用者との交渉においてのみこれを求めても十分にはその目的を達成することができず、

労働組合が右の目的をより十分に達成するための手段として、の目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない。

この見地からいつて、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合がその組合員の居住地域の生活環境の改善その他、生活向上を図るうえに役立たしめるため、の利益代表を議会に送り込むための選挙活動をすること、

そしてその一方策としていわゆる統一候補を決定し、組合を挙げてその選挙運動を推進することは組合の活動として許されないわけではなく、

また、統一候補以外の組合員であえて立候補しようとするものに対し、組合の所期の目的を達成するため立候補を思いとどまるよう勧告または説得することも、それが単に勧告または説得にとどまるかぎり、組合の組合員に対する妥当な範囲の統制権の行使にほかならず、別段法の禁ずるところとはいえない。

しかしこのことから直ちに、組合の勧告または説得に応じないで、個人的に立候補した組合員に対して、組合の統制をみだしたものとして何らかの処分をすることができるかどうかは別個の問題である。

この問題に応えるためには、まず立候補の自由の意義を考え、さらに労働組合の組合員に対する統制権と立候補の自由との関係を検討する必要がある。

(3)〔組合の統制権と立候補の自由〕

憲法15条1項公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権または立候補の自由については特に明記するところはない。

ところで選挙は本来、自由かつ公正に行なわれるべきものであり、このことは民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。

この見地から選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶかも元来選挙人の自由であるべきであるが、

多数の選挙人の存する選挙においては、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困難であるため、公職選挙法は自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。

したがつて、もし被選挙権を有し選挙に立候補しようとする者が、その立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのことはひいては選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。

この意味において立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえできわめて重要である。

このような見地からいえば、憲法15条1項には被選挙権者、特にその立候補の自由について直接には規定していないが、これもまた同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。

さればこそ、公職選挙法に選挙人に対すると同様、公職の候補者または候補者となろうとする者に対する

選挙に関する自由を妨害する行為を、処罰することにしているのである(同法225条1号3号参照)

(4)〔組合の統制権と立候補の自由との比較衡量〕

さきに説示したように、労働組合はその目的を達成するために必要な政治活動等を行なうことを妨げられるわけではない。

したがつて本件の地方議会議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し組合を挙げて選挙運動を推進することとし、

統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては組合の政治活動の一環として許されるところと考えてよい。

また他面において、労働組合がその団結を維持し、その目的を達成するために組合員に対し統制権を有することも前叙のとおりである。

しかし、労働組合が行使し得べき組合員に対する統制権には、当然一定の限界が存するものといわなければならない。

殊に公職選挙における立候補の自由は、憲法15条1項の趣旨に照らし基本的人権の一つとして憲法の保障する重要な権利であるから、これに対する制約は特に慎重でなければならず、

組合の団結を維持するための統制権の行使に基づく制約であつても、その必要性と立候補の自由の重要性とを比較衡量してその許否を決すべきであり、

その際、政治活動に対する組合の統制権のもつ前叙のごとき性格と立候補の自由の重要性とを十分考慮する必要がある。

原判決の確定するところによると、本件労働組合員たるCが、組合の統一候補の選にもれたことから独自に立候補する旨の意思を表示したため、被告人ら組合幹部はCに対し、組合の方針に従つて右選挙の立候補を断念するよう再三説得したが、

Cは容易にこれに応ぜず、あえて独自の立場で立候補することを明らかにしたので、ついに説得することを諦め組合の決定に基づいて本件措置に出でたというのである。

このような場合には、統一候補以外の組合員で立候補しようとする者に対し、組合が所期の目的を達成するために立候補を思いとどまるよう勧告または説得をすることは、組合としても当然なし得るところである。

しかし当該組合員に対し、勧告または説得の域を超え立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制違反者として処分するがごときは、組合の統制権の限界を超えるものとして違法といわなければならない。

然るに原判決は、
労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ実に組合の生存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考えると、労働組合が、右目的達成のための必要性から統一候補を立てるような方法によつて政治活動を行うような場合、その方針に反し組合の団結力を阻害し、または反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず組合の統制権が何等およばないとすることは、労働組合の本質に照し必ずしも正当な見解ともいい難い
として、本件統制権の発動は不当なものとは認めがたく本件行為はすべて違法性を欠くと判示している。

右判示の中には労働組合がその行なう政治活動について、右のような強力な統制権を有することの根拠は明示していないが、労働組合の本質に照して、右結論を引き出しているところからみれば、憲法28条に基づいて、労働組合の団結権およびその帰結としての統制権を導き出し、しかもこれを労働組合が行なう政治活動についても、当然に行使し得るものとの見地に立つているものと解される。

そうとすれば、右の解釈判断はさきに説示したとおり、憲法の解釈を誤り、統制権を不当に拡張解釈したものとの非難を避けがたく、論旨は結局理由があるに帰し、原判決はこの点において破棄を免れない。

同第二点について。

論旨は判例違反をいう。

しかし、引用の判例のうち昭和27年3月7日札幌高等裁判所の判決は本件と類似した事件に関するものであるが、所論の点に関し何ら判断を示しておらず、その余の各判例は、すべて事案を異にし本件に適切でないから、論旨はいずれも前提を欠き上告適法の理由にあたらない。

同第三点について。

論旨は、原判決は刑法における違法性阻却事由に関する解釈を誤つた法令の違反があるという。

しかし所論は、単なる法令違反の主張に帰し上告適法の理由にあたらない。

なお原判決中、本件公訴事実第一の(一)の被告人Aが昭和34年3月29日頃、B労働会館において公職の候補者となろうとするCを威迫したという点について、検察官の控訴を棄却した部分に関する上告は上告趣旨中に何らの主張がなく、したがつてその理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、原判決のその余の部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右破棄部分に関する本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、公訴事実第一の(一)の点に関する部分につき、刑訴法四一四条三九六条、その余の点につき、同法四一〇条一項本文四〇五条四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。