原判決がその前半において、元陸軍第一造兵廠の退職従業員の一部、その他一般有志により結成されたA同盟の同盟員、及び一般民衆が被告人B、及び亡C等を代表として、財団法人E会F支部長であるGに対し集団的交渉をなした事実を認定し、
その後半において、被告人B等の個人的行動を脅迫罪(刑法第223条)として認定していることは論旨の指摘する通りである。
自己又ハ他人ノ生命身体自由若クハ財産ニ對スル現在ノ危難ヲ避クル爲メ己ムコトヲ得ザルニ出デタル行爲というのであり、右所謂
現在ノ危難とは現に危難の切迫していることを意味し又
己ムコトヲ得ザルニ出デタルというのは當該避難行爲をする以外には他に方法がなく、かゝる行動に出たことが條理上肯定し得る場合を意味するのである。
弁護人牧野芳夫上告趣意第一点について。
原判決がその前半において、元陸軍第一造兵廠の退職従業員の一部、その他一般有志により結成されたA同盟の同盟員、及び一般民衆が被告人B、及び亡C等を代表として、財団法人E会F支部長であるGに対し集団的交渉をなした事実を認定し、
その後半において、被告人B等の個人的行動を脅迫罪(刑法第223条)として認定していることは論旨の指摘する通りである。
しかし原審は、右集団的交渉の際における被告人B個人の行動が脅迫罪を構成するものと判断し、しかもその脅迫行為が、いかなる時いかなる動機でいかなる状況の下に、特に怒号する群衆の不穏な形勢を背景として行われたかは、
犯罪の態様、乃至、刑の量定上、重大な関係を有する事項と見て、それらの点を明確ならしめるため、所論のように事実認定をなしたものに外ならないことは、原判決を一読して容易に了解し得るところである。
原判決の右措置はもとより正当であり、所論のような違法があるとはいい得ない。
論旨は理由なきものである。
同弁護人上告趣意第二点、弁護人森長栄三郎上告趣意第二点及び弁護人青柳盛雄上告趣意第二点について。
勤労者の労働条件を適正に維持しこれを改善することは、勤労者自身に対して一層健康で文化的な生活への途を開くばかりでなく、その勤労意欲を高め、一国産業の興隆に寄与する所以である。
然るに勤労者が、その労働条件を適正に維持改善しようとしても、個別的にその使用者である企業者に対立していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒せられ、対等の立場においてその利益を主張しこれを貫徹することは困難なのである。
されば勤労者は、共の福祉に反しない限度において、多数団結して労働組合等を結成し、その団結の威力を利用し、必要な団体行動をなすことによつて、適正な労働条件の維持改善を計らなければならない必要があるのである。
憲法第28条はこの趣旨において、企業者対勤労者、すなわち使用者対被用者というような関係に立つものの間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権乃至団体行動権を保障したものに外ならない。
それ故、この団体権に関する憲法の保障を勤労者以外の団体又は個人の単なる集合に過ぎないものに対してまで拡張せんとする論旨の見解には、にわかに賛同することはできないのである。
もとより一般民衆が、法規その他公秩良俗に反しない限度において、所謂大衆運動なるものを行い得べきことは何人も異論のないところであろうけれど、
その大衆運動なるの一事から、苟くもその運動に関する行為である限り、常にこれを正当行為なりとして、刑法第35条に従い刑罰法令の適用を排除すべきであると結論することはできない。
所論の労働組合法第一条第二項においても、労働組合の団体交渉その他の行為について、無条件に、唯、労働組合法制定の目的達成のために、
すなわち、団結権の保障及び団体交渉権の保護助成によつて、労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与せんがために為した正当な行為についてのみ、これが適用を認めているに過ぎないのである。
従つて、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に該当する行為が行われた場合、常に必ず同法第35条の適用があり、かゝる行為のすべてが正当化せられるものと解することはできないのである。
これを前段説示するところに照らせば、被告人の右行動が、憲法第28条の保障する勤労者の団体行動権の行使に該当するものでないことは多言を要しないところであり、
従つてポツダム宣言の受諾に伴ない、新憲法施行前、既に右憲法の保障するところと同様な勤労者の団体行動権が存在したか否かとの論点につき判断するまでもなく、
本件被告人の所為が、勤労者の団体行動権の行使に出ずるものであり、その団体行動に関する行為である以上、本件については当然刑法第三五条の適用があると主張する所論のすべて理由なきことは明白であらう。
次に、森長弁護人所論の緊急避難又は自救行為に関する主張につき一言するに、
そもそも緊急避難とは自己又ハ他人ノ生命身体自由若クハ財産ニ対スル現在ノ危難ヲ避クル為メ已ムコトヲ得ザルニ出デタル行為
をいうのであり、右所謂現在ノ危難
とは、現に危難の切迫していることを意味し、
又已ムコトヲ得ザルニ出デタル
というのは、当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行動に出たことが条理上肯定し得る場合を意味するのである。
又、自救行為とは、一定の権利を有するものがこれを保全するため、官憲の手を待つに遑なく、自ら直ちに必要の限度において適当なる行為をすること、
例えば盗犯の現場において、被害者が賍物を取還すが如きをいうのである。
然るに、本件被告事件発生当時における東京都内の食糧事情は、一般公知の如く、或る程度不足状態にあつたというに止まり、一般都民が所論のような逼迫した窮乏状態にあつたともいい得ないのであり、
又、後段、他の論旨に対する説明により明らかなように、被告人等はGに対し、本件物資の上に何等の権利をも有していなかつたのであるから、被告人等の本件所為が、緊急避難又は自救行為のいずれにも該当しないことは多言を要せずして明白である。
論旨はすべて理由がない。
弁護人森長英三郎上告趣意第一点、同青柳盛雄上告趣意第一点、同福田力之助蓬田武上告趣意第二点について。
所論は、本件被告事件の発生当時、わが国内における食糧事情がその他の生活必需物資を含め欠乏を告げ、国民生活の上に危機迫らんとする虞ある状況にあつた旨、
並びにかかる状況下において、不当に隠退蔵せられている生活必需物資が存在するならば、須 らく〔当然に〕、これを摘発して、国民一般の需要に充つべきである旨、主張するものであるが、
仮りに所論の通りであるとしても、他に法律上の事由の存在しない限り、これがために直ちに国民の各自又は任意の集団が、それぞれ自己のために直接該物資の保管者に対し、これが交付を要求し得べき権利ありとすることはできない。
されば本件において、所論E会F支部保管に係る大豆等の物資が、仮りに不当な隠匿物資であつたとしても、その保管者であるGにおいて被告人等に対し、該物資の譲渡は勿論、これが譲渡の意思表示をも為すべき義務を負担するものではない。
原審が所論の事実を認定し、被告人等は右Gに対し義務なきことを行わしめたものであると判示したのは当然であり、Gが口頭に依り、譲渡受諾の意思を表示せしめられたに過ぎないというようなことはもとより、右の結論を左右するものではない。
原判決には所論のような違法はなく、論旨はすべて理由なきものである。
弁護人福田力之助同蓬田武上告趣意第一点について。
記録によれば所論、人Gに対する予審訊問調書については、原審はその供述者であるGその人を、被告人の面前において証人として尋問しているのであり、
しかも同人は、その際右調書の記載を読聞かされ、これに対して該調書記載の事実は私の陳べたものでその通り相違ない
旨供述しているのである。
従つて前示予審調書は、これを断罪の証拠とするに妨げないのであり、原審は右証人Gの供述と該予審調書の記載とを原判決証拠説明中に列記し、この両者を綜合して事実認定の資料としたものである趣旨を明らかにしているのであつて、その間何等所論のような違法はない。
又、原判決が、本件犯罪構成要件を殆んど被害者であるGの予審における供述のみで認定したということ、
又、原審が、第一審判決と同一証拠をその認定資料の一部に採用しながら、第一審判決と別異の犯罪を認定したということは、いづれもそれ自体、何等判決の違法を来たすべき事由とはならない。
その他本件物資が、所謂、隠退蔵物資であつたか否か、又、該物資の処分に関する経緯如何というようなことは、原審認定にかかる本件犯罪の成否には何等影響を及ぼすものではないのであるから、原判決がそれらの点につき、特に判示するところがなかつたとしても、これを目して違法であると非難するのは当らない。
しかも原判決は、被告人等が本件物資を隠退蔵物資であると推断し、これが摘発の意図の下に本件犯行を敢てしたものであることは、これを肯定しているのである。
原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由なきものである。
同第三点について。
所論、原審公判調書の記載によれば、該公判期日において原審裁判長は各弁護人の弁論終了後各被告人に対し、是で調べを終るが、最後に何か云うことがあるか
との問を発し、以て所謂最終の陳述を促がしたところ、各被告人は順次無罪又は正当な判決ありたき旨を陳述し、
次いで蓬田弁護人は昨年一月二五日警察官が被告人等から本件物件を取り上げ東京都で処分したとのことであるが、都は如何なる法律関係でこの物資を取得し、如何なる物資として営団に引渡したのか
との旨、検事に対し釈明を求め、
検事はこれに対して、本件物資は、GがDの代理としてGの発案によつて、本件前に東京都、引渡したものであつて、都で特殊物件として取扱つたのであると思う。検察庁としては、該物資が如何なる性質のものか、隠匿物資であるか怎うかに付て、判断をしていない。尚隠匿物資とは、如何なるものを云うかについてはいう必要はない
旨、答弁をなしたのであるが、
そこで裁判長は、弁論を終結する旨を告げ判決言渡期日を指定したのである。
すなはち原審は、事件についての最終の陳述として、弁護人及び被告人等をして弁論をなさしめているのであつて、唯、蓬田弁護人から検事に対し、本件物資の性質並びにその処分に関する法律関係等につき釈明を求め、これに対する検事の答弁があつた際、検事との応答に関して被告人等に対して、更に弁論をなすべきことを促さなかつたと云うに過ぎないのである。
論旨は、右弁護人検事間の釈明応答について、被告人等をして最終の陳述をなさしめなかつたことを目して、原判決は刑訴第349条第3項に違反し、同法第410条第17号の違法ありと主張するのであり、これを形式的にその発言の順序のみに着目して考察するならば、或は所論の違法があるといい得るかも知れない。
しかし本件においては、前説示の如く一旦弁護人及び被告人等の事件に関する最終の陳述がなされていること、本件物資が客観的に隠匿物資であつたか否かは、原審の認定した本件犯罪の成否には、何等関係もないこと、しかも検事の答弁の内容も積極的に新たな事実主張を包含するものではなく、従つて被告人及び弁護人において検事の答弁に対し、更に陳述をなす必要があつたとは認められないこと等を考慮すれば、
裁判所がかかる事情の下にあつて、再度改めて被告人等に対し、最終の弁論を促さなかつたとしても、特にその弁論を阻止したと認むべき形跡のない本件にあつては、必ずしも刑訴第349条第3項の規定に違背したものということはできないのである。
蓋し、本件における具体的事情から、実質上は前記規定の精神は遵守されているからである。
論旨は理由なきに帰する。
弁護人小沢茂の上告趣意について。
所論刑訴応急措置法第九条は、その明文の示す如く、唯、同法施行後予審を行うことを禁止したに過ぎないのであつて、 その施行前既になされた予審における証人尋問調書を証拠となし得ないことを規定したものではない。 同法第12条の規定においても、予審における証人尋問調書が、なお証拠となし得べきものであることを予期しているのである。 前掲措置法の規定は勿論、又、該規定を前説示の如く理解することも、憲法第37条第一項の規定の趣旨に違背するものではない。
何となれば、予審における証人尋問調書は、公判においてこれが証拠調をなし、且、被告人の請求があればその供述者を尋問しなければこれを証拠とすることができないのであり、 又、その尋問が不可能であるか著しく困難である場合には、被告人の憲法上の権利を適当に考慮した上でなければこれを証拠とすることができないものとせられているのであつて、 必ずしも公開裁判を原則とする憲法の精神に反するものとはいい得ないからである。 なお原判決は所論のように、予審における証人尋問調書のみを唯一の証拠としているものではない。 この事は判文上明白であり、論旨は判旨に副わない非難を試みるものたるに過ぎない。 のみならず、仮りに所論の通りであるとしても、その事のみを目して憲法第37条第1項に違反するといい得ないことは、前段の説明により明らかであらう。 論旨は理由がない。
弁護人青柳盛雄上告趣意第三点について。
本件は恐喝罪として起訴され、その同一公訴事実が第一審においては、暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当するものと判断され、又、第二審において刑法第223条第1項に所謂、強要罪に問擬されたものであることは論旨の指摘する通りである。
しかし、同一公訴事実に対し検察官と裁判所との間において、又、第一審と第二審との間において、法律構成上その所見を異にすることは往々存する事例であり、
それは、通常公訴事実中に包含せられている各具体的事実に対する法律上又は証拠上の価値判断を異にすることに基因するのであつて、本件も亦その一例たるに過ぎないのである。
この事は記録により、公訴事実と第一、第二審判決の判示とを卒直に熟読対比すれば容易に了解し得るところであり、必ずしも所論のような事由によるものではない。
しかも原判決において、本件を暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当するものと判示した第一審判決を取消し、強要罪を以て問擬したこと自体が、被告人のために第一審判決を不利益に変更したものといい得ないばかりでなく、
本件においては、検察官からも控訴の申立があつたことは記録上明白であるから、論旨も自認するように、原判決に刑訴第403条の規定違反ありとすることはできない。
唯、漫然反動的であり日本の民主化を阻む違法性の加重された判決である。
というに止まり、原判決に如何なる法令違反があるかを具体的に主張しない所論は上告適法の理由とするに足らない。
同第四点について。
しかし被告人等が亡C等と協議の結果、元陸軍少将Gに交渉して判示物資を判示同盟に分配しようと定め、判示のごとく被告人は、或はGの腕を捕え、或はGを小突き、或は脅迫して、Cと相共同してGをして義務なきことを行はしめた旨の原判決の認定事実は、原判決挙示の証拠を綜合するにおいてこれを肯認するに難くないのである。
論旨は畢竟、事実審である原審の自由裁量に属する事実認定を非難するに帰着し、上告適法の理由とならない。
よつて、旧刑訴法第446条により、主文の通り判決する。
この判決は、裁判官全員の一致した意見である。