弁護人米野操の上告趣意第一点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第二点は、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
【判決理由】多数意見
弁護人米野操の上告趣意第一点、同第二点
しかしながら職権をもつて調査するに、原審の認定した事実によれば、被告人は昭和15年9月1日Aとその妻Bとの間に出生した七男として戸籍に登載せられ、昭和29年5月4日同人等夫婦の代諾により本件被害者C及びその妻Dと養子縁組をした旨届出がなされているが、
他方において被告人は、真実はAとその妻Bとの間に生れた実子ではなく、同人等の長女E(大正七年三月三〇日生)の私生子として出生したものであるところ、A夫婦が世間態を憚つて被告人をその間に出生した七男として虚偽の届出をしたものであるというのである。
従つて、A、同Bは被告人の親権者でないことは明らかで、同人等が代諾した被告人とC、同Dとの間の養子縁組は戸籍上に真正の代諾権者による代諾が表示されていない点においてその効力を生ずるに由ないものといわなければならない(なお、右無効は、人事訴訟手続による確定または戸籍の訂正をまたず、民事にかかる別訴あるいは本件のような刑事訴訟における前提問題として、別個、独立に主張、判断しうるものと解すべきである。)
もつとも、15才未満の子の養子縁組に関する法定代理人の代諾は法定代理に基づくもので、その代理権の欠缺は一種の無権代理と解するのを相当とし、
満15才に達した養子は、法定代理人でない者が自己のため代諾した養子縁組を有効に追認することができ、しかもこの追認は黙示で足り、
その意思表示は満15才に達した養子から生存養親に対してなすべく、適法に追認がなされたときは縁組はこれによつて当初から有効となるものと解するのが相当であり(昭和24年(オ)第229号、同27年10月3日第二小法廷判決、民集六巻九号七五三頁参照)、
このことは刑法上、直系尊属としての養親にあたるかどうかの解釈についても、少くとも犯罪行為以前における本人の追認に関する限りはあてはまると考えられる。
ところで本件記録に徴するに、被告人が本件犯行前に被告人のため本件養子縁組を代諾したA、同B夫婦が被告人の親権者でないこと、
換言すれば、前示のような養子縁組無効原因の存在することを認識しながら、右養子縁組を追認したとするに足りる資料は認められない。
のみならず、原判示のような、被告人と養親との生活事実ないし被告人の養親に対する孝養の事実自体をもつて、黙示的追認があつたとする等、
前示、無効な養子縁組を遡及的に有効ならしめる事由と認めることももとより失当であるといわなければならない。
されば原判決には、右の点において事実の誤認があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるので、刑訴411条3号、413条本文により主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官石坂修一の後記少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見 によるものである。
【小数意見】石坂修一
裁判官石坂修一の少数意見は、左の通りである。
本件記録中の証拠書類によれば、未成年であつた被告人と被害者Cとの養子縁組には、被告人の代諾権者であるその実母が、事実上これを承諾し、これとその代諾の委任とに基づき右実母の父母が代諾したことを推知し得ないではない。
そればかりでなく養子縁組は、当事者間の意思の契りがあつたとの事実における関係のみによつて成立するものではなく、
その契りが民法及び戸籍法に従つた書面に現はされ、その届出があつて始めて適法に成立する法律上の関係であり、
しかも当事者の意思に添ひながら、これと別個に存在するものである。
かかる性質を持つ養子縁組は、当事者の意思の合致による届出によるか、或は判決によつてのみ解消し、或は無効とせられるのである。
しかも本件において、前記の如き解消の届出又は無効、或は解消を宣言する判決がなかつたのであり、また、記録に現はれた証拠によれば、本件犯行当時、被告人みずから右Cの子であり同人が父であると信じて居つたことに少しも疑を容れる余地がない。
被害者Cは、本件犯行当時、刑法上被告人の直系尊属に当つて居つたといはねばならない。
以上の見解に立つてわたくしは、被告人がCを殺害したことによつて尊属殺人が成立するものとなすべき理由があると思料する。