憲法九八条一項の規定は、旧憲法時代の法律、命令等の内容、実質が新憲法の条規に反する場合はその効力を有しないことを規定したにとどまり、その法律、命令等の制定の形式が新憲法の条規に反する場合を含まないものであることは、既に当法廷屡次の判例である。
されば、明治二三年九月一八日法律八四号命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件
が命令ノ条項ニ違犯スル者ハ各其ノ命令ニ規定スル所ニ従ヒ二百円以内ノ罰金若ハ一年以下ノ禁錮(明治四一年一〇月一日刑法施行後は、刑法施行法一九条一項但書により一年以下ノ懲役又ハ禁錮
に変更)ニ処ス
と規定して、憲法七三条六号と異る立法形式の規定を制定してあつたからといつて、その規定は、憲法施行と共に当然失効するものということはできない。
また、同法律によつて既に成立した本件明治四四年勅令一六号銃砲火薬類取締法施行規則四五条も同様失効するものと見ることはできない。
なるほど右施行規則の基本法である明治四三年法律五三号銃砲火薬類取締法一六条、一七条等には、同法一一条、一二条等の規定による命令違反の場合に対し罰則を設けているが、
同法一四条の規定による命令違反の場合に対しては同法に罰則を設けていないこと並びに同法において特に罰則を設くべきことを命令に委任した明文のないことも事実である。
従つて、同法一四条就中同条二号の規定に基く同施行規則二二条に違反した場合には、同法中の罰則によらずに、同施行規則四五条の罰則の適用を受けることゝなるのである。
この点に関し、多数説は(必ずしも意見が一致せず且つ特に言明を避け、従つて、明確を欠くけれども、)同施行規則二二条は、同取締法一四条の委任に基く法律と同一の効力を有する規定であるが、同四五条は、法律の具体的な委任がなく、前記法律八四号のような広汎な概括的な委任の法律に基くから、新憲法上無効であるという考から出発するようである。
しかし、そのような戦後派的考え方は、わが国の従来の立法形式を理解しない、極めて浅薄な考え方といわなければならない。
なぜなら、本件についていえば、銃砲火薬類取締法がその一六条以下に罰則を設け、就中、一六条、一七条、一八条において、同法五条若は一一条、一二条、一〇条二項の規定による命令に違反した場合の刑罰を規定したにかかわらず、
特に、同法一四条の規定による命令に違反した場合にだけ同法中に刑罰を設けなかつたのは、同法立法の際前記法律八四号の規定のあることを当然の前提とし、同取締法に刑罰を設けない命令違反行為(同法一四条参照)については、暗黙に、右法律八四号による刑罰の制定をその命令(すなわち同施行規則)に委任し、特に同法律八四号所定の刑罰よりも重く処罰する必要ある場合(同法一六条、一七条参照)又は特に軽く処罰するを以て足る場合(同法一八条参照)に限り明文を以て刑罰を同取締法自体に規定したものと解するのを相当とするからである。
従つて、前記施行規則四五条のごときも立法の形式からいえば特に前記取締法の委任によらず、前記法律八四号だけによつたように見えるけれども、その実質は、既に明治四三年四月一三日制定された同取締法の暗黙の具体的な委任による立派な法律と同一の効力を有する規定と解すべきものであつて決して、昭和二二年法律七二号の対照となるべき命令と見るべきものではないのである。
多数説は、前述のごとく法律八四号の規定をば広汎な概括的な委任の法律で、あたかも、かつての総動員法に類するがごとく考えているようであるが、前記法律八四号は、一種の委任立法形式に過ぎないものであつて、同法律があるからといつて行政庁が得手勝手に罰則を制定し得るものではなく、実際の運用上多くは各法律制定の際その法律中に命令を以て定むべき事項を定め、その命令に違反した場合には前記法律八四号を当然の前提として暗黙にこれによつて刑罰を定むべきことを命令に委任し、且つ、現実に罰則制定の際には少くとも司法省(勅令の場合には法制局)に協議して慎重を期していたものであることは顕著な事実である。
ところが、新憲法に基く地方自治法一四条五項は、普通地方公共団体は、法令に特別の定があるものを除く外、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、十万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する旨の規定を設けることができる。
と規定して、ほんのちつぽけな地方公共団体に対してさえ前記明治二三年法律八四号よりも二倍以上の広汎にして概括的な罰則の制定を許容しているのである。
しかるに、この新らしい自治法の規定に目を蔽い、ひたすら彼の旧い法律八四号だけを非難するがごときは、驚くべき偏見であり、笑うべき自己矛盾というべきである。
しかのみならず、多数説は、同規則二二条のごとき禁止命令規定は、同法一四条の委任に基く法律と同一の効力を有する規定であるが、同規則四五条のごとき罰則規定は、昭和二二年法律七二号の命令整理の法律の中に含まれ昭和二二年一二月三一日まで法律と同一の効力を有しその以後は当然失効するというのである。
しかし、同一の施行規則が分割され、一部の罰則規定だけは或る期限で失効し、一部の禁止命令規定だけはその後も依然法律と同一の効力を以て存続し、かくて制裁の伴わない禁止命令だけを徒らに空しく叫び続けるというようなことは、常識からいつても、また右法律七二号を熟読玩味しても、到底了解することはできない。
新憲法の施行に伴う法律というものは、斯くのごとく国民に解らないものであらうとは思われない。
故に、多数説は無理であり曲解であると断定せざるを得ない。
なお、多数説は、該刑罰法規(施行規則四五条)は失効し犯罪後の法令により刑の廃止ありたるときに該当する。
といつて、旧刑訴三六三条二号を引用している。
しかし、訴訟法に犯罪後の法令により刑の廃止ありたるとき
というのは、犯罪後の法令により積極的にすなわち明示又は黙示を以て、既に成立した刑罰を特に廃止するときを指すものである。
なぜなら、罪刑法定主義に基く法治国である以上、犯罪者が行為時法によつて処罰されるのは当然であつて、行為時法によつて既に成立した刑罰法規の効果である刑罰は、その後における大赦又は法令に因つて特に消滅廃止されない限り存続するのは当り前であるからである。
しかるに、銃砲火薬類取締法並びに同法施行規則は、本件犯罪後何等廃止又は変更されることなくして存続し、ことに、昭和二五年五月四日法律一四九号火薬類取締法(同年一一月三日施行)は、その附則において銃砲火薬類取締法を廃止すると共に新法施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨規定したばかりでなく、多数説が失効したと称する旧法施行規則四五条(二二条)に相当する新法五九条(同条二号、二一条)の規定は、その刑罰を却つて強化しているのである。
されば、仮りに多数説のいうがごとく施行規則二二条に違反し同規則四五条に該当する罰則の部分が自然に失効したとしても、立法者が既に成立した刑罰を廃止する意思などは到底看取することができないのである。
従つて、多数説がこれを旧刑訴三六三条二号に該当すると判断すること自体が訴訟法の解釈を誤つたものといわなければならない。
それ故、いずれの点よりするも多数説には反対せざるを得ない。