テュキュディデス「戦史」

テュキュディデス「戦史」

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テュキュディデス(Thucydides)は古代ギリシャの歴史家であり、彼の著作『戦史』(History of the Peloponnesian War)は、紀元前5世紀に起きたアテネとスパルタ間のペロポネソス戦争(紀元前431年から紀元前404年まで)を記録したもので、西洋史学における重要な古典の一つとされています。

『戦史』の特徴として、以下の点が挙げられます。

  1. 実証的な歴史記述: テュキュディデスは、神話や宗教的な解釈を避け、できる限り客観的な視点から事実を記録しようとしました。彼は目撃証言や信頼できる情報源に基づく記録を重視し、後世における科学的歴史学の先駆者とみなされています。
  2. 政治と人間性の分析: 『戦史』は、戦争の原因やその進展を記述するだけでなく、人間の野心や恐怖、利益追求がどのように戦争を引き起こし、悪化させたのかについても深い洞察を提供しています。彼は特に権力のダイナミクスや、アテネとスパルタの相反する政治体制に注目しました。
  3. 演説の使用: テュキュディデスは、当時の指導者たちの演説を通じて、彼らの思考や戦略、政治哲学を描写しています。有名な例として、アテネの政治家ペリクレスの葬儀演説があります。これは民主主義の理念とアテネの偉大さを称賛するもので、後の時代にも影響を与えました。
  4. 冷静な戦争観: 戦争の悲惨さや人間の弱さを赤裸々に描写しており、戦争がいかに人々の道徳や社会秩序を崩壊させるかを示しています。有名な例として、コルキュラの内戦や、ミュティレネの反乱とその処罰に関する議論があります。

テュキュディデスの『戦史』は、単なる歴史書にとどまらず、政治哲学や倫理に関する深い議論を含んでおり、現代の国際関係論や政治学の基礎的なテキストとしても引用されることがあります。彼の「テュキュディデスの罠」という概念は、歴史を通じて強国と新興勢力の対立が戦争を引き起こす可能性を指摘したものとして有名です。