昭和23年政令第201号の合憲性

『マッカーサー書簡による公務員の労働争議の禁止』

(昭和28年4月8日大法廷判決)

昭和23年政令第201号違反

昭和24(れ)685号

判決
棄却(補足意見、意見、反対意見)
主文
本件各上告を棄却する。
要旨
一 昭和20年勅令第542号は日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有する。
二 昭和23年政令第201号昭和20年勅令第542号に基く命令である。
三 (イ)書簡は連合国最高司令官の要求である。
四 (ロ)昭和20年勅令第542号に基く命令を発し得るのは国会の議決に求めるいとものない場合に限らない。
五 (ハ)書簡にいわゆる公務員とは高級官僚のみならず下級官僚及び現場官庁従業員をも意味する。
六 (ニ)政令第201号が当時係属中の国または地方公共団体を当事者とする労働争議の斡旋、調停または仲裁に関する手続を中止すると規定しても書簡の要求範囲を逸脱したものではない。
七 (ホ)政令第201号が公務員の団体交渉権を禁止しながらその労働条件の改善について別途の措置を講ずるとしたことは書簡の要求範囲を逸脱したものではない。
八 昭和23年政令第201号は憲法第二八条に違反しない。
九 昭和23年政令第201号は憲法第一八条に違反しない。
一〇 公務員がその争議行為を禁止されたからとてその当然の結果として健康で文化的な最低限度の生活を営むことができなくなるというわけのものではないから、本件政令憲法25条に違反するという主張も採用し難い。
一一 被告人等の所属するA組合B支部C機関区分会が国家公務員法反対、五二〇〇円ベース即時実施、芦田内閣打倒等の項目を掲げて闘争方針を定めかつ又機関区の職員が庫内手や機関車乗務員の劣悪な待遇の改善に関する政府の冷淡な態度に対し被告人等の当然の権利を奪還するため、あるいは憲法、ポツダム宣言に違反し団体交渉権を奪う政令第201号の無効なものであるとの主張を掲げ、政府に対し右主張を貫徹するため、その闘争手段として、職場を離脱した場合は政令第201号第二条第一項の争議手段にあたる。
一二 昭和23年政令第201号は労働組合法、労働関係調整法にかかわりなく有効である。
一三 昭和二三年法律第二二二号国家公務員法の一部を改正すう法律附則第八条は、国鉄従業員が日本国有鉄道法、公共企業体労働関係法が施行され国鉄従業員が公務員たる身分を喪い且つその争議行為について罰則の規定がなくなつても国家公務員たる身分を有していた当時の政令第201号第一項違反行為に対する罰則の適用については依然として同令第三条によるという意味である。
一四 昭和23年政令第201号に業務の運営能率を阻害する行為というのは具体的結果の発生を必要とするものでなく争議手段としてなされた行為が国または地方公共団体の業務の運営能率を阻害する危験性あるものであれば足りる。
参照条文
昭和20年勅令542号昭和23年政令201号,昭和23年7月22日付連合国最高司令官の内閣総理大臣宛書簡,憲法28条憲法18条憲法25条労働組合法労働関係調整法昭和23年12月3日法律222号国家公務員法の一部を改正する法律附則8条
裁判結果

【判決理由】多数意見

弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。

被告人又は弁護人において、ある法令が憲法違反であるとの主張をした場合に、裁判所が有罪判決の理由中にその法令の適用を挙示したときは、即ちその法令は、憲法に適合するとの判断を示したものに外ならないと見るべきであること、当裁判所の判例(昭和22年(れ)第341号、同23年12月22日大法廷判決、刑集二巻一四号一八四五頁)の示すとおりである。

それ故に本件の被告人側において、所論、政令第201号が違憲無效であると主張したのに対し、原判決が特にその判断を明示しないで同政令を適用したからとて、これを以て所論のような違法あるものということはできない。

論旨は理由がない。

同第二点について。

昭和20年勅令第542号は、わが国の無条件降伏に伴う連合国の占領管理に基いて制定されたものである。

世人周知のごとくわが国は、ポツダム宣言を受諾し降伏文書に調印して連合国に対して無条件降伏をした。

その結果、連合国最高司令官は降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる権限を有し、この限りにおいて、わが国の統治の権限は連合国最高司令官の制限の下に置かれることとなつた (降伏文書八項)

また日本国民は、連合国最高司令官により又はその指示に基き、日本国政府の諸機関により課せられるすべての要求に応ずべきことが命令されており(同三項)

すべての官庁職員は、連合国最高司令官が降伏実施のため適当であると認めて自ら発し、又はその委任に基き発せしめる一切の布告、命令及び指令を遵守し、且つこれを実施することが命令されておる(同五項)

そしてわが国は、ポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約すると共に、右宣言を実施するため、連合国最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の指令を発し、且つ一切の措置をとることを約したのである(同六項)

さらに日本の官庁職員及び日本国民は、連合国最高司令官又は他の連合国官憲の発する一切の指示を、誠実且つ迅速に遵守すべきことが命ぜられており、

若しこれらの指示を遵守するに遅滞があり、又はこれを遵守しないときは、連合国軍官憲及び日本国政府は、厳重、且つ迅速な制裁を加えるものとされている(指令第一号附属一般命令第一号一二項)

それ故、連合国の管理下にあつた当時にあつては、日本国の統治の権限は、一般には憲法によつて行われているが、

連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においては、その権力によつて制限を受ける法律状態におかれているものと言わねばならぬ。

すなわち連合国最高司令官は、降伏条項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく、法律上全く自由に自ら適当と認める措置をとり、日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施せしめることを得るのである。

かかる基本関係に基き、前記勅令第542号、すなわち政府ハポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為、特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得といふ緊急勅令が、降伏文書調印後、間もなき昭和20年9月20日に制定された。

この勅令は前記基本関係に基き、連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施する必要上制定されたものであるから、日本国憲法にかかわりなく憲法外において、法的效力を有するものと認めなければならない。

されば論旨は採るを得ない。

同第三点について。

(一) 国家公務員法改正の効力について

昭和20年勅令第542号に基いて命令を制定するためには、連合国最高司令官の要求がなければならぬこと所論のとおりであるが、

連合国最高司令官の意思表示が要求であるか、又は単なる勧告、又は示唆に止まるものであるかは、

その意思表示が文書を以てなされたか口頭によつてなされたか、或は指令、覚書、書簡等、如何なる名義を以てなされたか、というような形式によつて判定さるべきではなく、

意思表示の全体の趣旨を解釈して実質的に判断されなければならない。

そこで、昭和23年7月22日附連合国最高司令官の内閣総理大臣宛書簡を見ると、

マツクアーサー元帥は国家公務員法の改正について、その方針を指示した上、
本改革の成功が占領政策の第一義的目標の一つ
であると言い、 次いで
余が国家公務員法を全面的に改正してここに論議された考え方の体制に適合せしめることが時を移さず着手さるべきであると考えたのは、以上の目的達成のためである
と述べ、 更らに
本件に関し貴下を援助する可く本司令部は従前通り助言と相談に応ずるであろう
と附言している。

これらの文言、並にこの書簡が発せられた前後における諸般の事情を合わせ考えてみると、

この書簡は、昭和23年政令第201号に盛られたような、改正の方向を指示し要求したものであるのみならず、

その具体的内容も、右の要求を実現するために必要なものとして、連合国司令部が指示したものであると認められる。

(二)

昭和20年勅令第542号に基く命令を発し得るのは、国会の議決を求めるいとまなき場合に限るという法規は存しないのであるから、

所論のように、昭和23年政令第201号の制定の際に国会を召集するいとまがあつたとしても(実際そのいとまがあつたか否かは爰に論ずるまでもなく)、そのことは右の政令を違法又は無效のものとする理由とはならない。

(三)

論旨は、マツクアーサー元帥の書簡に、いわゆる公務員とは高級官僚の意味であると主張するけれども、その援用する同書簡中の文言はこのような主張の論拠として薄弱であるのみならず、

却て書簡全体の趣旨を綜合すれば、そのいわゆる公務員の中には、下級官僚や現業の職員を含むものと解される。

例えば同書簡は、従来の国家公務員法の欠陥として、
少数者が団結して政府の権限と権威に加える圧力に対し積極的な保護を与えるもので無
かつた点や、
政府における職員関係と私企業における労働者関係の区別が著しく明確を欠いて
いた点を挙げ、
政府関係に於ては、労働運動は極めて制限された範囲に於て適用せらるべきであり、正当に設定せられて主権を行使する行政、司法、立法の各機関にとつて代り或はこれ等に挑戦することはゆるされない
と言い、
国民の団結と公共利益の優越とを宣言している憲法の根本理念を防護するためには政府の権能の如何なる一部分も私的の団体若しくは一部の階級にこれをわかち授け、若しくは奪われることはできない
と述べ、また
その勤労を公務に捧げる者と私的企業に従う者との間には顕著なる区別が存在する
雇傭若しくは任命により日本政府機関若しくはその従属団体に地位を有する者は、何人といえども争議行為若しくは政府運営の能率を阻害する遅延戦術その他の紛争戦術に訴えてはならない。
団体交渉は国家公務員制度に適用せられるに当つては明確なそして変更し得ない制限を受ける
と説いている。

これ等の語句をその発せられた当時、国鉄、D等の労働組合が、政府に対して強力な労働攻勢を展開しようとしていた緊迫した情勢と合わせ考えるならば、現業官庁従業員の争議行為を規制することこそ、正にこの書簡の主たる目的の一であつたとさえ解される。

尤も、鉄道並に塩、煙草等の専売など政府事業の職員は、普通職から除外せられて良いと述べてはいるが、しかし、これ等の職員についてもその雇傭せられている責任を忠実に遂行することを怠り、為に、業務運営に支障を起すことなきよう公共の利益を擁護する方法が定められなければならないと要求している。

してみればマツクアーサー書簡は高級官僚に関するものであるのに、本件政令第201号は、下級官公吏や現業労働者の争議行為を規制しているから、その内容がくいちがつているという論旨は到底採用することができない。

(四)

一般労働委員会による調停、仲裁、斡旋等の紛争処理手段は、団体交渉権及び争議権を有する労働組合の存在を前提とする。

それ故にマツクアーサー書簡が、既に公務員の団体交渉権、及び争議権を否認している以上、労働委員会による調停、仲裁、斡旋なども当然認められなくなつたものと考えなければならない。

同書簡にも、公務員がその雇傭条件の改善を求めるために、その希望や不満等を政府に申出る権利は認めているが、それ以外に所論のような紛争処理手段を認めたものと解すべき趣旨は見出されない。

してみれば、本件政令第201号が、現に係属中の国又は地方公共団体を関係当事者とするすべての斡旋、調停又は仲裁に関する手続を中止することにしたとしても、これを以てマツクアーサー書簡の要求範囲を逸脱した不法あるものということはできない。

(五)

マツクアーサー書簡が、政府には常に、政府職員の福祉並に利益のために十分な保護の手段を講じなければならぬ義務あるものとしていることは所論のとおりであるが、

官公吏の労働条件の改善は、必ずしも所論のように団体交渉権禁止の先決問題とせられているわけではないから、

臨時応急的性格を有する本件政令第201号においては、とりあえず団体交渉権禁止の点だけを規定し、労働条件改善については別途の措置を講ずるものとしたとしても、

所論のように、本件政令が、マツクアーサー書簡を曲解した違法のものであるとは言えない。

同第四点について。

国民の権利は、すべて公共の福祉に反しない限りにおいて、立法その他の国政の上で最大の尊重をすることを必要とするのであるから、

憲法28条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉、その他の団体行動をする権利も、公共の福祉のために制限を受けるのは、已を得ないところである。

殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法15条)、公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法96条一項)性質のものであるから、

団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である。

従来の労働組合法又は労働関係調整法において、非現業官吏が争議行為を禁止され、又警察官等が労働組合結成権を認められなかつたのはこの故である。

同じ理由により、本件政令第201号が公務員の争議を禁止したからとて、これを以て憲法28条に違反するものということはできない。

また憲法25条一項は、すべての国民が、健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国家の責務として宣言したものである (当裁判所昭和23年(れ)205号9月29日大法廷判決、刑集二巻一〇号一二三五頁)

公務員が、その争議行為を禁止されたからとて、その当然の結果として、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができなくなるというわけのものではないから、

本件政令が憲法25条に違反するという主張も採用し難い。

要するに、論旨いずれも理由がない。

同第五点について。

公務員は、本件政令第201号により、その二条一項に該当するいわゆる職場離脱を禁止せられたけれども、人格を無視してその意思にかかわらす束縛する状態におかれるのではなく、

所定の手続を経れば何時でも自由意思によつて、その雇傭関係を脱することもできるのである。

それ故所論のように、同政令が、憲法18条にいわゆる奴隷的拘束を公務員に加え、その意に反して苦役を科するものであるということはできない。

論旨は理由がない。

同第六点について。

論旨は、被告人等が何等かの要求を提出し、その要求を実現するために行動したものであるという証拠はないのであるから、

原判決が、その所為を争議手段と認めたのは違法であるというのである。

しかし、原判決挙示の証拠就中 (なかんずく)、被告人Eに対する本件第一審、第一回公判調書中の同人の供述記載によれば、被告人等の所属するA組合B支部C機関区分会が、国家公務員法改正反対五千二百円べース即時実施、芦田内閣打倒、等の項目を挙げて闘争方針を定めたこと、

並に機関区の者達が、庫内手や機関車乗務員の劣悪な待遇の改善に関する政府の冷淡な態度に対し、被告人等の当然の権利を奪還するために、

また、憲法、ポツダム宣言等に違反し、団体交渉権争議権を奪う本件政令は、無效なものであるとの主張を貫徹するために、F行動隊を結成して闘争したものであることがわかる。

被告人等は、政府に対するこのような主張を貫徹する手段として、職場を離脱したものであるから、原判決がこれを、本件政令第201号二条一項にいわゆる争議手段にあたるものと認めたのは正当であつて論旨は理由がない。

弁護人小沢茂の上告趣意第一点について。

昭和20年勅令第542号が違憲であるとの論旨(1、2、3)、及び昭和23年政令第201号が、右勅令に定めた要件を充たさないか、無效であるとの論旨(4)、いずれの点も理由なきことは、それぞれ森長弁護人の上告趣意第二点及び第三点について述べたとおりである。

次に論旨(5)は、政令第201号は、憲法73条に違反するから、無效であると主張するが、既に森長弁護人の上告趣意第二点について述べたように、

勅令第542号が憲法にかかわりなく、憲法外において法的效力を有する以上、この勅令に基いて制定された勅令第201号も亦、右憲法の規定にかかわりなく有效である。

更らに、勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権に関する事項は、法律を以て規定すべきであるのに、政令を以てこれを規定したのは違憲であるとの論旨(6)も亦、右と同様の理由によりて政令第201号を無效とする理由とならない。

論旨(6)はなお、右政令第201号が、政令でありながらその一条二項において、本来法律を以て規定すべき勤労条件に関する基準的事項を規定したことを以て、憲法27条に違反するものであると主張しているが、

原判決は、右政令一条二項を本件に適用していないから、これは本件と関係なき主張である。

最後に、政令第201号が、憲法28条に定めた基本的人権を侵すものであるとの論旨(6)の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第四点について述べたとおりである。

同第二点について。

前記のように、政令第201号は憲法にかかわりなく有效である。

従つてまた当然に、憲法に基いて制定された労働組合法労働関係調整法等にかかわりなく有效である。

換言すれば、これ等の法律の規定は、政令第201号に矛盾する限り、廃止又は変更されたこととなるのであるから、原判決が、本件に前者を適用せずして後者を適用したのは当然である。

論旨は理由がない。

同第三点について。

同第四点について。

原判決の確定したところによれば、被告人G、同Hは、昭和23年8月24日免雇に至るまで、各I鉄道局J機関区勤務の機関助士であり、同Kは、同年同月30日免雇に至るまで、同機関区勤務の技工であり、また同Eは、同年同月27日免雇に至るまで、同機関区勤務の庫内手であつた者で、いずれも判示のごとく、国鉄業務運営の能率を阻害する争議手段をとつた者である。

しかるに、昭和23年7月31日公布の政令第201号一条によれば、任命によると雇傭によるとを問わず、国又は地方公共団体の職員の地位にある者は、同令にいわゆる公務員であつて、同令二条三条によれば、かかる公務員は何人といえども同盟罷業又は怠業的行為をなし、その他国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段をとつてはならないものであつて、

これに違反する行為をしたときは、国又は地方公共団体に対し、その保有する任命又は雇傭上の権利をもつて対抗することができないばかりでなく、一年以下の懲役、又は五千円以下の罰金に処されるものである。

されば告人等は、いずれも同政令にいわゆる公務員として同政令二条一項に違反し、同三条に該当するものといわなければならない。

そして同政令附則二項によれば、同令は昭和23年7月22日附内閣総理大臣宛、連合国最高司令官書簡に言う国家公務員法の改正等国会による立法が成立実施されるまで、その效力を有するに過ぎない性格の法令であり、

しかも、右書簡に言う国家公務員法の第一次改正法律(昭和23年12月3日法律第222国家公務員法の一部を改正する法律)附則八条は、昭和23年7月22日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令(昭和23年政令第201号)は、国家公務員に関してその效力を失う。前項の政令が、その效力を失う前になした、同令第二条第一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による。 と明定して、当時既に同政令に違反して成立した同令の刑罰を廃止しない旨を表明しているのである。

従つて、被告人等の判示在職中の二〇一号二条一項の違反行為に対する罰則の適用については、依然として同令三条によるべきものといわなければならない。

それ故所論はいずれも採用することはできない。

同第五点について。

原判決は、被告人等が判示日時に無届でその職場を欠勤し、以て国鉄業務運営の能率を阻害する争議手段をとつた旨を判示している。

判決書には、罪となるべき事実を具体的に記載すれば足るのであるから、

原判決は、本件政令第201号違反の犯罪事実を判示するものとして欠けるところなく、それ以上に本件無届欠勤が何故に犯罪となるかの理由等を判示する必要はない。

論旨は理由がない。

同第六点について。

昭和23年政令第201号が憲法違反であるとの主張に対して、原判決が判断を示していないという非難の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第一点について述べたとおりである。

同第七点について。

被告人等は、所論のように、本件政令が違憲のものであるとの見解を抱いていたという理由によつて罰せられたのではなく、

その主張を貫徹するために、職場離脱により国鉄運営の能率を阻害する争議手段をとつたがために処罰せられたのである。

病人の無届欠勤の場合との相違は、如何なる見解を抱いていたかの点にあるのではなくして、争議手段として欠勤したか否かの点にある。

それ故に原判決が、憲法19条及び21条に違反するという論旨は理由がない。

弁護人福田力之助の上告趣意第一点及び第二点について。

同第三点について。

原判決は、被告人G及びHは、I鉄道局J機関区勤務の機関助士、同Kは同機関区勤務技工、同Eは同機関区勤務庫内手であるという事実を、それぞれ原審公判廷における各自供に基いて認定し、これ等の身分はいずれも、昭和23年政令第201号にいわゆる公務員にあたるものとして、同政令を適用したのである。

同政令においては、任命によると雇傭によるとを問わず、国又は地方公共団の職員の地位ある者を公務員という(一条)のであるから、被告人等のような職員が公務員であることは明らかである。

それ故、原判決に所論のような違法あるものということはできない。

論旨は理由がない。

同第四点について。

本件政令第201号違反の罪が、成立するためには、必ずしも業務の運営能率を阻害するという具体的結果が現実に発生することを必要とするのではなく、

争議手段としてなされた行為が、その性質上、通常国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する危険性あるものであれば足りるのである。

そうして本件の職場抛棄が、いずれもこのような危険性あるものであることは明らかなところである。

従つてその指令も、指令に対する服従義務もなくなつたからといつて、この点に関して、原判決の理由不備を主張する論旨は採用することができない。

なお、被告人等の無断欠勤を争議手段ということはできないと主張する論旨の理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第六点について述べたところによりおのずから明らかであろう。

同第五点について。

被告人等の所為が、

本件政令第201号のいわゆる争議手段に該当するものであることは、森長弁護人の上告趣意第六点について説明したとおりである。

そうだとすれば原判決が、これに同政令を適用して処罰したのは当然であつて、そのことを非難する論旨はいずれも理由がない。

弁護人青柳盛雄の上告趣意について。

弁護人岡林辰雄の上告趣意第一点について。

有罪判決には、罪となるべき事実、証拠により、これを認めた理由並びに法令の適用を示すだけで事足り、刑の量定や執行猶予言渡の理由を示す必要はない。

それ故原判決が、被告人G他二名に対して、何故に執行猶予の言渡をしたかの理由を判示しなかつたからとて、これを以て所論のような違法あるものということはできない。

なお原判決が、被告人Eに対して執行猶予の言渡をしなかつたのは、同人が共産党員であるが故であるとは認められないから、このことを前提とする論旨はいずれも全く理由がない。

同第二点について。

被告人Eは原審において、被告人G、同K及び同Hと併合審理を受けたが共犯ではない。

また原判決が、被告人Eに負担させた訴訟費用は、同被告人の特別弁護人中嶋輝年が同被告人のために申請した(記録四二一丁)証人Lに対して支給されたものであつて、この証人費用がE被告人のために特に要した訴訟費用であることは、原審公判調書に照らしてみて明らかである。

してみれば原判決が、訴訟費用をE被告人の単独の負担としたことは当然であつて、所論のような違法はない。

また判決書に、訴訟費用を負担せしめた理由を記載する必要のないことはいうを俟たない。

なお原判決は、E被告人が共産党員であるが故に、これに訴訟費用を負担せしめたものであるとは認められないから、所論はすべて理由がない。

同第三点について。

原判決は、M外五名に対する政令第201号違反被告事件記録中、被告人Gに対する検察事務官の訊問調書中、同人の供述記載及び同記録中の検事の宮川武彦に対する聴取書中、同人の供述記載並びにN外二名に対する政令第201号違反事件記録中、検察事務官のNに対する第一回聴取書中、同人の供述記載を証拠として挙示している。

論旨は、右の被告事件なるものが、如何なる裁判所の被告事件であるかすら明らかでないから違法であると主張するのであるが、

記録を調べてみると右被告事件は、本件記録中、第一審裁判所並びに原審裁判所の被告事件であること明瞭であるばかりでなく、

右の各聴取書及び訊問調書はいずれも原審公判に顕出され、適式の証拠調の手続が行われたものであるから、原判決がこれ等を証拠として採用したことには所論のような違法はない。

また所論Pの聴取書は、所論のように単なる推測を供述したものではなく、事実に関する同人の過去の見聞の供述であること明白であるから、原判決がこれを証拠として採用したことには何等の違法もなく論旨は理由がない。

同第四点について。

原審公判廷において、E被告人が、庫内手、機関車乗務員の給与が甚だ悪いに拘らず、政府はその改善について何等の措置をもとらないので、自分等の当然の権利を奪還するために闘つているのであるという趣旨の供述をしたことは所論のとおりである。

しかし、政府が給与の改善について、有效な措置をとつたか否かということは、罪となるべき事実の記載として必要なきことであるから、

原判決が、そのことについての判断を示さなかつたからといつて、所論のような違法あるものということはできない。

論旨は、そのことを以て憲法37条に違反するものであると主張しているが、憲法37条にいわゆる公平な裁判所の裁判とは、構成その他において、偏頗のおそれなき裁判所の裁判という意味であること、当裁判所の判例(昭和22年(れ)第171号、同23年5月5日大法廷判決)の示すとおりであるから、この場合にあたらない。

論旨は、すべて理由がない。

同第五点について。

マツクアーサー書簡が、国家公務員制度を法律によつて改正することを要求しているという前提に立つて、昭和23年政令第201号の無效を主張する論旨については、

同書簡は、その指令を実施するための応急的措置として、命令によつて公務員法を改正することを許さない趣旨とは認められないから、これを採用することができない。

その他の論旨ずれも理由なきことは、森長弁護人の上告趣意第二点、第三点及び第四点、並びに小沢弁護人の上告趣意第一点について述べたところによつて明らかである。

同第六点について。

刑事裁判は、公訴の提起のあつた被告人を裁判するものであるから、仮りに所論のように、内閣総理大臣、運輸大臣等の高級職員が、被告人等を免雇し懲戒したことが、本件政令第201号に違反する争議手段であつたとしても、起訴されない以上、裁判所はこれを処罰することはできない。

裁判所が起訴されないものを罰しなかつたことは、起訴された本件被告人等の処罰の合法性を少しでも左右する理由とはならない。

論旨は、政府高級職員に対する起訴がないならば、当然に本件被告人の審理を拒否し、公訴棄却又は無罪の判決をすべく、さもなければ、憲法37条に違反することとなると主張するが、憲法37条に公平な裁判所の裁判というのは、上に第四点について説明したとおりであるから、右のような場合はこれにあたらない。

なお、本件政令のいわゆる公務員の中には、国鉄現業員たる被告人等を含まないという論旨の理由なきことは、森永弁護人の上告趣意第三点((三))について説明したところによつて、のずから明らかであろう。

要するに論旨はいずれも理由がない。

同第七点について。

論旨の理由なきこと、既に小沢弁護人の上告趣意第四点について述べたとおりである。

よつて、旧刑訴四四六条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官栗山茂の意見、裁判官真野毅の反対意見を除く、他の裁判官全員一致の意見によるものである。

【意見】栗山茂

裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。

(一) 弁護人森長英三郎の上告趣意第二点について。

ポツダム宣言受諾の効果として、契約関係の基礎において、わが国の統治の権限が、連合国最高司令官の制限の下におかれることになつたと解するのが多数意見である。

この見解は、ポツダム宣言の受諾に伴い成立した休戦条約の実施と同時に開始された占領の性質を正解しないのによるものであるから、左の理由により同調できない。

(1) ポツダム宣言の内容

ポツダム宣言の条項中には、敵対行為の停止に関する軍事条項(軍隊の無条件降伏の如き)と、平和の予備条項(領土の割譲軍隊の帰還等の如き)とが含まれていて、いずれも相手国の合意を前提とするものである。―而して当事国の合意によつて、敵対行為が停止されるものは、国際法上休戦条約と呼ばれるものである。―

他方、同宣言の条項中には、連合国は相手国の合意を前提としないものがある。

戦争犯罪人の処罰の如き、新秩序建設(内政干渉)のためにする占領の如きはそれである。

しかし、相手国の合意を前提とはしないが、その実施には我方の協力が望ましいから(例えば占領行政の如き)その協力が要求されたのである。

(2) ポツダム宣言と占領の留保

ポツダム宣言の条頃中、相手国の合意を前提とするものについては、ポツダム宣言の受諾は休戦条約の成立を意味するものであるが、(而して休戦条約は、いわゆる降伏文書の調印に終るポツダム宣言の受諾に関する一連の往復文書によつて成立したと解すべきである)

右休戦の成立にかかわらず連合国は、同宣言第七項で新秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破砕セラレタコトノ確認アルマデ、日本国領土内の諸地点を占領する旨を宣明している。

而してこれについて、降伏後における米国の初期の対日方針は、右占領ハ日本国ト戦争状態ニ在ル聯合国ノ利益ノ為行動スル主要聯合国ノ為ノ軍事行動タルノ性質ヲ有スベシと説明している。(尤も、休戦と、日本の場合のような軍事行動の拡大となる占領とは、たとえ戦争状態が存続していても両立しないものであるから、国際法上はこの点は問題とする余地がある。)

即ち、軍事行動である占領は敵の同意を前提とするものでないから、連合国の意図は、右占領を休戦から除外し、たとえ休戦条約が成立しても、その成立に当つて占領を留保しているものと解すべきである。

それ故、1945年8月11日附で、米英ソ中の四国政府の名において、米国政府が日本国政府の同月10日附申入に対する回答において、降伏ノ時ヨリ、天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ、降伏条項ノ実施ノ為、其ノ必要ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトスと答えたのはとりもなおさず、

休戦実施の時(それは同時に占領開始の時である。)から、被占領地域は事実上、占領軍司令官の権力内に置かれるから(ヘーグ陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則四条)、右権力の行使と両立しない限度において、被占領国の統治の権限が事実上制限されることを指摘したのである。

而して降伏文書第8項は、これを受けて同趣旨を重ねて宣明しているものである。

(3) ポツダム宣言受諾と占領開始の効果

我方はボツダム宣言の条項で、当事国の合意を前提とするものについては我方が誠実に履行するのは固より、同宣言の条項中その合意を前提としないものについても我方の協力を約束したのである。

降伏文書第六項がそれである。

即ち連合国は降伏文書において、我方をしてポツダム宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト並ニ右宣言ヲ実施スル為連合国最高司令官又ハ其ノ他特定ノ連合国代表者ガ要求スルコトアルベキ一切ノ命令ヲ発シ且斯ル一切ノ措置ヲ執ルコト を約束せしめたのである。

しかし、我方が連合国軍の占領行政に協力することを応諾しても、そのために占領の性質には変りはない。

この約束は占領軍からすれば、占領行政が支障なく運行されることであり、

他方被占領国からすれば、国際法上、占領軍の命令に服従すべき被占領国民の義務と併せて、日本国政府の協力義務があるということである。

されば、この約束があるからといつて、連合国最高司令官の被占領国民に対し行使する権力とその義務とに変りがないことは明である。

連合国最高司令官が軍事占領者として有する権力と義務とは、国際法上の法規及び慣例に基くものであつて、この約束に基くものではない。

多数意見は、わが国はポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合国に対して無条件降伏をした。とし、

その結果、連合国最高司令官は、降伏条項を実施するため、適当と認める措置をとる権限を有し云々というけれども、

わが国は、ポツダム宣言を受諾した結果、契約関係として成立した休戦条約その他降伏文書の規定にかかわりなく、休戦と同時に連合国が留保している占領が開始されたため、

連合国最高司令官が占領行政を行使することとなつて、この限りにおいて、わが国の統治の権限は、連合国最高司令官の制限の下に置かれることになつたのである。

それ故、ポツダム宣言の受諾を無条件降伏と呼ぶと否とにかかわらず、わが国の統治の権限が連合国最高司令官の制限の下に置かれることになつたのは、同宣言受諾の効果ではなく、同宣言中、我方の同意を前提としない占領の効果に外ならないのである。

(4) 占領中の法秩序

右にいう占領の結果として、占領軍の新秩序建設のためにする内政干渉は二つの形式をとつたのである。

一つはわが国の統治の権力の行使に協力する形式であつて、いわゆる内面指導である。

等しく占領軍の息のかかつたものであるが、この形式は、わが憲法のわく内におけるものであるから、わが国家意思の発動というべきである。

他の一つの形式は、わが国の統治の権力にかかわりなく、連合国最高司令官の要求として我方に発動されたものである。(降伏文書第六項)

而して後者について、我方から軍の必要に協力する形式を規定したのが、即ち緊急勅令542号である。

かように考えてくると、占領中わが国の法秩序には二元的渕源があつた事実はこれを認めざるを得ない。

それ故、右勅令542号によつて所要の定めをした連合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項は、結局、連合国の軍の必要に基く事項であるから、その権力から来る法秩序である。

もともと緊急勅令542号は、その制定当初は、わが国の統治の権限の行使として発足したものであろうが(当初は連合国の占領がどういう行き方をするかわからなかつたのである。)

占領の進行に伴い、連合国最高司令官のなす要求にかかる事項について所要の定めをなす唯一の形式となつたものであるから、

これ又、連合国の軍権力に因る法源と不可分の関係にあるものとして、日本国憲法にかかわりなく効力あるものと認めるのが相当と考える。

(二) 弁護人森長英三郎の上告趣意第四点について。

(1) 勤労者の権利(憲法二十八条)の適用範囲

憲法28条が保障している権利は、私有財産制度を前提としていることは沿革上明である。

羅馬ローマ 法以来の私有財産権の至上性が、十八世紀的個人主義、即ち個人の意思の至上性と結付いて経済活動をする場合に、企業家のもつ力は公権力の至上性にも比すべきものがある。

かような企業家、又はその利益の代表者、即ち使用者と被傭者が取引するものとすれば、双方が対等な交渉力を持つのでなければ契約の自由はありえない。

この労使(労資)の対等取引を前提として、正義を分配しそれを保障したものが、憲法28条である。

然るに、国又は地方公共団体とその公務員との関係は、毫も、対等取引を前提とする関係でもなければ、又もとより、私有財産制度を前提とする労使の関係にかかわりないものである。

それ故公務員は、

憲法27条にいう勤労の権利を有する者であることは勿論であるけれども、本質的に憲法28条の勤労者ではないのであつて、同条が保障している権利は、もともと享有していないのである。

憲法27条の勤労の権利の内容が何であるかは、しばらくおくとしても、

事業主でも失業者でも、等しく同条の勤労の権利を有する者であるけれども、同条の勤労の権利を有する者はすべて使用者と被傭者との関係、ことにその対等な交渉関係を前提要件とする、憲法28条の勤労者であるということはできない。

されば旧労働組合法四条一項の警察官吏等の組合結成禁止の規定は、これ等の公務員が労資の利害を前提とする、憲法28条の団結権の保障には、均霑しないものであることを明にしただけのことである。

多数意見のように、警察官吏等はもとから憲法28条の組合結成権を享有しているけれども、彼等は全体の奉仕者であるから、公共の福祉で法律により之を取上げられたものと解すべきではない。

多数意見は又、国又は公共団体の非現業官吏が争議行為を禁止されたのも(法律一七五号による改正前の労働関係調整法三八条)前記警察官吏等と同じ理由即ち公共の福祉で法律によつてもともと憲法28条で享有している争議権が剥奪されたと解するのである。

しかし実は、現業官吏たると非現業官吏たるとを問わず、公務員である以上は結局前に述べたと同じ理由で憲法28条の勤労者でもなく、その保障している争議権を享有しているものではない。

もとより同条の権利を享有していなくとも、法律が之を附与するかどうかは立法政策の問題にすぎない。

されば前記労働関係調整法三八条が非現業官吏の争議行為を禁止し、之と同時に現業官吏の争議行為を容認したとしても、それは憲法28条の保障にかかわりないものである。

故に同条の禁止は公共の福祉を理由に憲法28条の保障が否定されたものと解すべからざるはいうまでもない。

(2) 公有企業における勤労者の権利と労働法の関係

憲法28条の権利が私有財産制度を前提とするということはとりもなおさず資本主義経済を前提とするということである。

それ故、資本主義経済を否定する制度においては、その保障の理由はない。

けれども資本主義経済の範囲内でもその修正、例えば特定の私的企業における私有財産権を社会化し公有化することが是認される。

この場合に利潤を追う資本(私有財産たる株主の投資)の力は排除されたけれども公有財産としての企業の形態は私的企業の形態と異るところがない。

それに現代の発達した産業組織では、生産手段の所有(株主)とその管理(経営)とは分離されていて、後者は公有企業におけると等しく有給職員にすぎないものであつて、私的企業と言つても公有企業とその経営の面において異るところがないから、

勤労者の立場からすれば賃金、就業時間、休息その他の勤労条件等の法律上の保護を受くべきはもとより(憲法27条二項)組合の結成についても差別さるべき理由がないといえるのである。

それ故、私有財産制度を前提とする労資の関係に準じて、できるだけ公有企業における労使の関係をも調整せしめるのが公正且妥当であるといえるのである。

しかしそれは、一に立法による労働政策の問題にすぎない。

それ故多数意見のように旧労働組合法又は労働関係調整法(法律一七五号による改正前の)から、逆に憲法二八条の権利を帰納すべからざるは言うまでもない。

例えば、旧労働組合法三条憲法二八条の勤労者よりも広い労働者を指すと同時に同法五条一一条(改正後の七条), 一二条(改正後の八条)の如きは、罷業権を内在する憲法28条の権利の確保のためであるから、

公務員又は公有企業の職員には当然に適用ないのであつて、それを多数意見はこれ等の者も初めからこの権利を享有する労働者であるとし、それが公共の福祉のため取上げられたと解するものの如くである。

(3) 個人の利益と公共の利益の関係

多数意見は右にいう如く、国家公務員はもともと憲法28条の保障する権利を享有しているけれども、それを本件政令二〇一号が公共の福祉のため禁止したからとて、これを以て憲法28条に違反するものということはできないとしている。

しかし日本国憲法によれば、すべての基本的人権はそれを享有している個人の利益のためばかりでなく、公共の利益のためにも保障されたものであるから、公共の福祉のために利用さるべき責務を伴つているとされている。

このことは個人の幸福と公共の幸福とは共通のものであつて、相排斥する別異のものでないことを意味する。

後者が前者より重いときは後者に吸収されて、前者が法律で否定されるのもやむを得ないという考方は絶対主義的のものであつて日本国憲法のものではない。

基本的人権が同時に責務であるということは、その責務の範囲をこえれば濫用があるばかりでなく、その責務の範囲内でもその責務に適合するように権利の行使が調整(規制乃至制限である)されることが当然期待されているのである。

と同時に憲法は、個人の幸福追求の権利たる財産権は公共の用のため取上げられ(二九条三項)又個人の生命、身体若しくは財産は、刑罰として奪われることを(三一条)明定しているけれども、

その保障している自由及び権利は、法律で公共の福祉の名の下に奪われてよいという矛盾(アンチノミ)をどこにも内蔵してはいないのである。

これが多数意見に同調しない大きな点である。

【反対意見】真野毅

裁判官真野毅の反対意見は次のとおりである。

わたくしは、本件は刑の廃止があつたものとして、原判決を破棄し免訴を言渡すべきものと考える。その理由を要約して述べる。

本件において被告人等は、国鉄業務運営の能率を阻害する争議手段をとつた行為に対し、昭和二三年七月政令第201号二条一項三条国家公務員法第一次改正法律附則八条を適用して処罰されたものである。

同政令二条一項には、
公務員何人といえども同盟罷業又は怠業的行為をなしその他国......の業務能率を阻害する争議手段をとつてはならない
と定め、同三条には、
第二条第一項の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する
と 定めている。
その後昭和二三年一二月三日公布施行された国家公務員法の一部を改正する法 律の附則八条において、前記政令は、
国家公務員に関して、その効力を失う
旨を定めると共に、前記政令が
その効力を失う前になした同令第二条第一項の規 定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による
旨を定め ている。

それ故前記政令の罰則規定は、将来国家公務員に対して効力を及ぼさないことになつたと共に、その失効前になされた国家公務員の違反行為に関する限りにおいて、なお従前の例によつて前記政令の罰則規定が効力を持続するわけである。

だから昭和二四年一月二九日言渡された原判決当時の法律適用としては、該政令の罰則規定を適用して被告人等を処罰したことはもとより正当であつて誤りはない。

前述のように、法令改廃の場合に経過規定として改廃前に行われた犯行に関する罰則の適用については、なお従前の例によるという附則が定められる事例は少くない。

そしてその意義は、法令改廃の後においてもその改廃以前に行はれた犯行に対しては、その限度において相対的・部分的に法令の改廃はなく、なお改廃前の法令が効力を持続し適用されることを意味するものである。

しかしそれだからといつて、法令改廃前の違反行為に対しては永久に従前の政令罰則が適用されることに確定したものと速断することは大いなる誤りである。

なぜならば、その後における立法、すなわち再度の法令の改廃によつては前述のように、相対的・部分的に効力を持続している従前の罰則の刑の廃止変更が生じ得るからである。

そこで、本件に関してこの点を考察すると、その後昭和二三年一二月二〇日公布(同二四年六月一日施行)日本国有鉄道法及び公共企業体労働関係法が制定された。

その前者三四条二項には、日本国有鉄道の職員には国家公務員法は適用されないと定められ、

また同三五条には、日本国有鉄道の職員の労働関係に関しては、公共企業体労働関係法の定めるところによると定められた。

そして後者二条においては日本国有鉄道を公共企業体とし、同三条においては公共企業体の職員に関する労働関係等についてはこの法律の定めるところによるものとし、同一七条によれば、争議行為等は禁止はされているが、処罰の対象とはされていない(一八条)

かようにして、日本国有鉄道の職員の争議行為等に対しては、国家公務員法の罰則規定(九八条五項六項一一〇条一七号)及びその他一切の罰則規定は適用されないし、

また公共企業体労働関係法には争議行為等に対して罰則規定は全然設けられていないのである。

そこで、この両法の制定を境としてその前後の法律状態を較べてみると、本件におけるがごとく昭和二三年一二月三日の国家公務員法一部改正法以前の国鉄職員の争議行為等の犯行については、なお従前の例により前記政令二条一項及び三条の罰則が相対的・部分的に効力を持続し適用されていたものが、 前記両法の制定により国鉄職員の争議行為等については全然罰則がなくなつたのであるから、この意義において刑の廃止があつたものと認めるを相当とする。(この前記両法の制定に際しては、経過規定として前記政令第二条一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による旨の規定はおかれてはいない。これはあるいは立法の不備ないし疎漏であつたかも知れないと思われるが、いやしくもかかる経過規定を欠く以上法令の改廃により法律状態の変更を生ずるに至つたときは、従前の犯行に対して従前の罰則を適用して処罰することはできないものと信ずる。)

それ故、原判決を破棄し被告人等に対し免訴を言渡すを相当とする。