【反対意見】真野毅
裁判官真野毅の反対意見は次のとおりである。
わたくしは、本件は刑の廃止があつたものとして、原判決を破棄し免訴を言渡すべきものと考える。その理由を要約して述べる。
本件において被告人等は、国鉄業務運営の能率を阻害する争議手段をとつた
行為に対し、昭和二三年七月政令第201号二条一項、三条、国家公務員法第一次改正法律附則八条を適用して処罰されたものである。
同政令二条一項には、-
公務員何人といえども同盟罷業又は怠業的行為をなしその他国......の業務能率を阻害する争議手段をとつてはならない
と定め、同三条には、-
第二条第一項の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する
と
定めている。
その後昭和二三年一二月三日公布施行された国家公務員法の一部を改正する法
律
の附則八条において、前記政令は、国家公務員に関して、その効力を失う
旨を定めると共に、前記政令がその効力を失う前になした同令第二条第一項の規
定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による
旨を定め
ている。
それ故前記政令の罰則規定は、将来国家公務員に対して効力を及ぼさないことになつたと共に、その失効前になされた国家公務員の違反行為に関する限りにおいて、なお従前の例によつて前記政令の罰則規定が効力を持続するわけである。
だから昭和二四年一月二九日言渡された原判決当時の法律適用としては、該政令の罰則規定を適用して被告人等を処罰したことはもとより正当であつて誤りはない。
前述のように、法令改廃の場合に経過規定として改廃前に行われた犯行に関する罰則の適用については、なお従前の例による
という附則が定められる事例は少くない。
そしてその意義は、法令改廃の後においてもその改廃以前に行はれた犯行に対しては、その限度において相対的・部分的に法令の改廃はなく、なお改廃前の法令が効力を持続し適用されることを意味するものである。
いまこれを本件の場合について言えば、前記国家公務員法の一部改正法が行われた以後においても、その改正前に行われた犯行に対しては、右改正法の罰則(九八条五項六項、一一〇条一七号参照)が適用されるものではなく、前記政令の罰則(二条一項、三条参照)が効力を持続し適用される関係にあるのである。
しかしそれだからといつて、法令改廃前の違反行為に対しては永久に従前の政令罰則が適用されることに確定したものと速断することは大いなる誤りである。
なぜならば、その後における立法、すなわち再度の法令の改廃によつては前述のように、相対的・部分的に効力を持続している従前の罰則の刑の廃止変更が生じ得るからである。
そこで、本件に関してこの点を考察すると、その後昭和二三年一二月二〇日公布(同二四年六月一日施行)の日本国有鉄道法及び公共企業体労働関係法が制定された。
その前者三四条二項には、日本国有鉄道の職員には国家公務員法は適用されない
と定められ、
また同三五条には、日本国有鉄道の職員の労働関係に関しては、公共企業体労働関係法の定めるところによる
と定められた。
そして後者二条においては日本国有鉄道を公共企業体とし、同三条においては公共企業体の職員に関する労働関係等についてはこの法律の定めるところによるものとし、同一七条によれば、争議行為等は禁止はされているが、処罰の対象とはされていない(一八条)。
かようにして、日本国有鉄道の職員の争議行為等に対しては、国家公務員法の罰則規定(九八条五項六項、一一〇条一七号)及びその他一切の罰則規定は適用されないし、
また公共企業体労働関係法には争議行為等に対して罰則規定は全然設けられていないのである。
そこで、この両法の制定を境としてその前後の法律状態を較べてみると、本件におけるがごとく昭和二三年一二月三日の国家公務員法一部改正法以前の国鉄職員の争議行為等
の犯行については、なお従前の例により前記政令二条一項及び三条の罰則が相対的・部分的に効力を持続し適用されていたものが、
前記両法の制定により国鉄職員の争議行為等
については全然罰則がなくなつたのであるから、この意義において刑の廃止があつたものと認めるを相当とする。(この前記両法の制定に際しては、経過規定として前記政令第二条一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用については、なお従前の例による旨の規定はおかれてはいない。これはあるいは立法の不備ないし疎漏であつたかも知れないと思われるが、いやしくもかかる経過規定を欠く以上法令の改廃により法律状態の変更を生ずるに至つたときは、従前の犯行に対して従前の罰則を適用して処罰することはできないものと信ずる。)
それ故、原判決を破棄し被告人等に対し免訴を言渡すを相当とする。